2023年09月02日

芥川竜之介『芥川竜之介紀行文集』


国内旅行記9篇と1921年に大阪毎日新聞の視察員として中国を訪れた際の紀行文(上海游記、江南游記、長江游記、北京日記抄、雑信一束)を収めている。

「長崎小品」は7ページほどの短篇だが、おもしろい。日本における西洋文化の受容について考えさせられる。

慣れて見ると、不思議に京都の竹は、少しも剛健な気がしない。如何にも町慣れた、やさしい竹だと云う気がする。根が吸い上げる水も、白粉の匂いがしていそうだと云う気がする。(京都日記)
実際私は支那人の耳に、少からず敬意を払っていた。日本の女は其処に来ると、到底支那人の敵ではない。日本人の耳は平すぎる上に、肉の厚いのが沢山ある。中には耳と呼ぶよりも、如何なる因果か顔に生えた、木の子のようなのも少くない。(上海游記)
古色蒼然たる城壁に、生生しいペンキの広告をするのは、現代支那の流行である。無敵牌牙粉、双嬰孩香烟、――そう云う歯磨や煙草の広告は、沿線到る所の停車場に、殆見なかったと云う事はない。(江南游記)
何しろ長江は大きいと云っても、結局海ではないのだから、ロオリングも来なければピッチングも来ない。船は唯機械のベルトのようにひた流れに流れる水を裂きながら、悠悠と西へ進むのである。

芥川の中国紀行はかなり露悪的で、口が悪い。中華民国初期の政治的な混乱や街の猥雑な様子を皮肉たっぷりに描いている。そこに中国に対する差別意識を見る人もいるかもしれない。

ただ、芥川の筆致は国内旅行記でも似たようなものなので、むしろ長年漢詩などで親しんできた文学的・歴史的な中国とは異なる現実の中国の姿を鋭く描き出したと評価すべきだろう。

表紙に「詳細な注解を付した」とある通り、約400ページのうち、実に約100ページが注解となっている。丁寧なのはいいのだけれど、注解を見ながら読もうとすると、けっこうわずらわしくもあった。

2017年8月18日、岩波文庫、850円。

posted by 松村正直 at 16:35| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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