副題は「無名なる風景の痕跡をさがす」
川瀬巴水の版画の風景がどこで描かれたものなのか、主に茨城県内の作品について現地調査を行った記録。古い航空写真や絵葉書、近隣の住民の証言などを元に、一枚一枚、作品の場所を特定していく。
巴水の絵はどこを描いたのか、分からない場合が多いのです。それは巴水がいわゆる名所を選ばずに、どこにでもある普通の風景を描くからです。
巴水はふつう風景画に分類されますが、そこに書き込まれた小さな人物に着目することで、その時代に生きた人間たちの歴史が強烈に浮かび上がって来ることが多いのです。
巴水の作品(「浮島戸崎」)に描かれた湖面は、昭和三十年代後半に稲作増産用に干拓されたが、米の需要がなくなったことにより、今はただ野原が続くのみである。
大正から昭和の戦後にかけて、巴水が全国各地を旅して描いた風景は、今も多くの人々の心を惹きつけている。まさに愛好者ならではの思いのこもった一冊だと思う。
2022年10月29日、文学通信、1900円。