第10回現代短歌社賞を受賞した作者の第1歌集。
好きだった?と聞き返される 自転車を押して登ってゆく跨線橋
助手席にゆきのねむたさ こんなにもとおくの町で白菜を買う
ハンドルが右へ右へと行きたがる君の自転車 TSUTAYAがとおい
まぁそれはそういうことではないけれどよそってもらったサラダを食べる
生きづらいという謎のマウントを取り合っているように梅雨、紫陽花は咲く
読点に宿る悲しみ 自転車は漕げば漕ぐほど遠くに行ける
ああ僕が敗者だからか、勝ち負けが全てじゃないと言われてしまう
兄ちゃんは泣いてないからあの頃のままなんだよ。と妹は言う
山で吸う煙草はうまい バゲットを弱い炎でゆったりと焼く
駅前の再開発は進まずにそこで何度かサーカスを見る
いい映画だったね、とだけ言うことに決めてからエンドロールが長い
唇を重ねて笑うこともある 段々畑が広がっている
1首目、相手との会話の雰囲気や自転車を押す体感が息づいている。
2首目、だんだん意識が遠のくような感じ。雪の白さと白菜の白さ。
3首目、借りた自転車に癖があって、なかなか思うように進まない。
4首目、相手の発言に同意してはいないが、とりあえず流しておく。
5首目、どちらがより生きづらさを感じているかを競うような時代。
6首目、自転車を漕ぎ続けることで悲しみを紛らせているのだろう。
7首目、正論かもしれないが、慰めとして言われているのがわかる。
8首目、泣ける人と泣けない人。妹は泣いて心をリセットするのだ。
9首目、山登りの食事の感じがよく出ている。「ゆったり」がいい。
10首目、建物が壊されてずっと空地のまま放置されている場所だ。
11首目、観終えて最初にどんな感想を言うかはけっこう悩むもの。
12首目、幸せそうなキス。心の様子を段々畑に喩えたのが印象的。
2023年7月23日、現代短歌社、2000円。