2023年08月02日

塚田千束歌集『アスパラと潮騒』


2021年に短歌研究新人賞を受賞した作者の第1歌集。
医療現場を詠んだ歌に印象的なものが多い。

建前がなくては違法行為だとヒポクラテスの後の二千年
のけぞった首筋に触れる恋人でも親でもないのに触れてしまえる
弱者にも強者にもなるベビーカー押して歩めば秋桜震え
ホーローの容器に蒸し鶏ねむらせて死とはだれかをよこたえること
ステートとPHS(ピッチ)が首にからまって身動きできないわが影揺れる
ソリリスをユルトミリスへ変えるときギリシャ神話のひかりかすかに
ひとりの生、ひとりの死までの道のりをカルテに記せばはるけき雪原
切るたびに野生はひとつ遠ざかり爪にやすりをおとす夕暮れ
大きすぎる皿を一枚買い求めいいのわたしのすべてになって
ママが泣いちゃうからねと添い寝され川底ねむる小石みたいだ

1首目、医療倫理に関する問い掛け。何が違法性阻却事由になるか。
2首目、患者の無防備な身体に触れてしまえることに対するおそれ。
3首目、上句が印象的。まわりの人々の反応によっても違ってくる。
4首目、料理をしている時にも、人間の死についての感慨がよぎる。
5首目、ステートは聴診器。常に気の休まることのない時間が続く。
6首目、薬の名前から神話に出てくる神の名前を連想したのだろう。
7首目、発病から死に至る経過や歳月が白いカルテに綴られていく。
8首目、語順がいい。下句まで読んで初めて爪切りの話だとわかる。
9首目、お守りみたいに自分の心を守ってくれるように感じたのだ。
10首目、添い寝するのではなく、されている。子どものやさしさ。

2023年7月7日、短歌研究社、2000円。

posted by 松村正直 at 23:13| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。