私がサーカスを好きになったのは、大人になってからのことだ。大学を出てフリーター生活を始めた岡山で、初めてサーカスを見たのがきっかけである。
それ以来、サーカス関連の本もいろいろと読んできた。中でも、久田恵『サーカス村裏通り』(1986、文春文庫1991)は忘れられない。4歳の子を連れたシングルマザーがサーカスに入って働く様子を描いた本である。
今回、書店で『サーカスの子』をぱらぱら見ていて、著者の稲泉連が、久田恵の息子であることを知った。あの4歳の子が、大きくなって母と同じノンフィクション作家として活躍していたとは!
かなり驚いた。そんなこんなで、この本も私にとって思い入れの深い一冊となった。
稲泉は子どもの頃に自分が1年間を過ごしたキグレサーカスの関係者を訪ねて取材する。『サーカス放浪記』(岩波新書1988)を書いた宇根元由紀も出てくる。キグレサーカスは2010年に解散して、今はもう存在しない。
サーカスの人々は、西暦や年号で自分たちの歴史を語らない。「木更津」や「高崎」、「福島にいたとき」という具合に、公演場所で、「あの頃」について語る。それが二か月に一度、公演場所を変える彼らの時間感覚だったからだ。
サーカスの公演は二か月に一度のペースで「場越し」をする。だから、小学校や中学校に通う子供たちは、年に少なくとも六回は転校しなければならない。
新幹線のホームにぽつんと四人だけで立っている光景が、今でも彼女の胸には残っている。そのなかで、サーカス以外の「社会」を知っているのは彼女だけだった。テント村での大勢の人々との暮らしから離れてみると、そんな四人の「家族」はあまりに弱々しく、心許ない存在だった。
サーカスを離れた団員たちのその後は人それぞれだ。でも、華やかなスポットライトを浴び、共同体のなかで生きてきた人たちにとって、外の社会で生活していくことが大変なのはよくわかる。
ずっしりとした読後感の残る内容であった。
それ以上は、ちょっとうまく言えない。
2023年3月30日、講談社、1900円。
野兎舎の「戦争の歌」シリーズを始めてから読んだ『ぼくもいくさに征くのだけれど』は好著でした。
他の本も読んでみようと思います。