2023年07月23日

森鷗外『ウィタ・セクスアリス』


昨年は森鷗外(1862‐1922)の没後100年だったので、関連する本が多く出版された。本書も版を改め「鷗外を、読んでみよう」という帯を付けて出たもの。初出は「スバル」1909(明治42)年7月号。

タイトルは「性欲的生活」を意味するラテン語だが、想像していた内容とは全然違った。過激なところはまったくなく、自らの生い立ちを丁寧に記した小説という感じ。鷗外の生真面目さが窺える。これがどうして発禁処分を受けたのかわからない。

印象的だったのは、自分の容貌が醜いと繰り返し書いていること。かなりのコンプレックスがあったようだ。

同じ小倉袴紺足袋の仲間にも、色の白い目鼻立の好い生徒があるので、自分の醜男子であることを知って、所詮女には好かれないだろうと思った。
その美しい夢のようなものは、容貌の立派な男女の享ける福で、自分なぞには企て及ばないというような気がする。それが僕には苦痛であった。
青年男女のnaivelyな恋愛がひどく羨ましい、妬ましい。そして自分が美男に生れて来なかったために、この美しいものが手の届かない理想になっているということを感じて、頭の奥には苦痛の絶える隙がない。
生んでもらった親に対して、こう云うのは、恩義に背くようではあるが、女が僕の容貌を見て、好だと思うということは、ちょっと想像しにくい。

鷗外が自分の容貌のことで悩んでいたなんて、不思議な気がする。
最後に、一番印象に残った部分を引こう。

僕はどんな芸術品でも、自己弁護でないものはないように思う。それは人生が自己弁護だからである。あらゆる生物の生活が自己弁護であるからである。

鷗外に対する興味がだんだん強くなってきた。

1935年11月15日第1刷、2022年3月15日改版第1刷。
岩波文庫、480円。

posted by 松村正直 at 06:39| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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