2023年07月22日

柳原恵津子歌集『水張田の季節』


「未来」所属の作者の第1歌集。

生きているだけでふたたび夏は来て抜け殻に似た棚のサンダル
米のないカレーのようじゃないかしら欲をきれいに捨てた夫婦は
それぞれの臓腑に白く降る雪よわれには淡く父には深く
卓上の玻璃のうつわに注がれてミルクはこの朝の水準器
だし巻きを食べて育たざる我なれどくるくるとたまご巻くことが好き
娘らの乳房のことを母たちは畑の茄子のごとく言いあう
喉みせてサラダボウルの春雨を夫が食べきる今日のおわりに
その肺にだって淡雪ふるものを暗記カードに世界史綴じて
木蓮の枝には木蓮のみが咲くつぼみに過ちなどはなくて
夜更けがた戻った人の腕の気配うたたねのなか知ってまた眠る

1首目、上句の言い回しの面白さと下句の具体がうまく合っている。
2首目、特に不足はないのだけれどカレーライスの方が美味しいか。
3首目、父の死の一連にある歌。「淡く」と「深く」の対比がいい。
4首目、家族や家庭に歪みが生じていないかを測ってくれるみたい。
5首目、食生活は家によってそれぞれ違う。育った家と今いる家と。
6首目、比喩が強烈。思春期の娘の体のことを無造作に話す母たち。
7首目、「喉みせて」がいい。一日がともかくも無事に終った感じ。
8首目、勉強する子。明るさと暗さ、狭い世界と広い世界が混じる。
9首目、言われてみれば不思議な気がする。人間も同じことだろう。
10首目、別に声を掛けはしないが安心する。「腕の気配」がいい。

2023年5月31日、左右社、2000円。

posted by 松村正直 at 10:57| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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