2023年07月06日

原武史『地形の思想史』


2019年にKADOKAWAから出た単行本を新書化したもの。

「岬」「峠」「島」などの地形と歴史や思想との関わりを掘り下げた内容で、7つの話を収めている。著者のユニークな視点が生かされていて面白い。

皇太子夫妻が子供たちと同居し、直接子供たちを育てる一九六〇年代から七〇年代にかけての時期は、戦後日本で夫婦と未婚の子供からなる核家族が確立される時期と一致していた。核家族のためのコンパクトな居住空間として、日本住宅公団により団地が大量に建設されてゆくのもこの時期であった。
山梨県の多摩川水系まで含めた西多摩地域の思想史を振り返るために、明治以降の鉄道をいったんカッコに括ってみたい。そうすると立川でなく、甲州街道の宿場町として栄えた八王子を中心とする明治以前の交通網が見えてくる。
戦前の大規模な軍事施設が、戦後になると自衛隊の中核施設としてそのまま使われている都市としては、ほかに北海道の旭川市が挙げられる。陸軍の第七師団があったところが、陸上自衛隊旭川駐屯地になっているからだ。

印象に残ったことが2つある。

一つは天皇の臨席のもと日中戦争勃発まで毎年行われていた「陸軍特別大演習」が、全国の都道府県持ち回りの開催であったこと。なるほど、戦後の国体や植樹祭が都道府県を巡回しているのは、この続きであったわけか。

もう一つは私にもなじみの深い小田急線の「相模大野」「小田急相模原」「相武台前」といった駅が、戦前の軍隊と深く結び付いていたこと。それぞれ、陸軍通信学校、臨時東京第三陸軍病院、陸軍士官学校の最寄駅であったのだ。

著者は、あとがきに次のように書く。

実際に日本各地を訪れ、さまざまな場所に立ち、地形が織り成す風景を目にすると、まるでそこにしかない風景が語りかけてくるかのような瞬間があるのを、まざまざと体験した。

ネットで多くのことを調べられる時代だからこそ、こうした体験の持つ価値は今後ますます高くなっていくにちがいない。

2023年5月10日、角川新書、940円。

posted by 松村正直 at 10:44| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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