1992年に草思社から刊行された単行本の文庫化。
第二次世界大戦において、真珠湾攻撃、マダガスカル島攻撃、インド洋通商破壊作戦、ソロモン決戦、ラバウル決戦に参加した潜水艦「伊16号」。その乗組員であった著者が艦内で書いていた日誌である。
開戦から約1年間のものだが、読み応え十分。現代に残っているのが奇跡のような日記だと思う。真珠湾やマダガスカル島のディエゴスアレスにおける特殊潜航艇による攻撃の様子など貴重な話が多い。
日誌の始まりは1941年11月17日。「明十八日はいよいよ作戦地へ向けて晴れの征途に就くのだ」とある。12月8日の真珠湾攻撃の約3週間前から、既に行動が開始されていたことがわかる。
印象に残るのは、潜水艦内での長期生活の過酷さだ。
夜間に入ってからの艦の動揺はなはだしく、夜通し、ベッドの上にて左右にゴロゴロころがされて眠れず、かつ胸がつかえるようだった。(1941年11月26日)
爽やかに明けんとする東天を拝し、と言いたいところだが、戦争という運命は、われわれに太陽も見ることを許さない立場にしてしまった。生れてこの方、元旦の陽の光を見ざるは今年をもって初めとする。(1942年1月1日)
片舷機故障のため、水もあまりとれないので、顔も洗わず身体もぬぐわない。歯を磨いたのは出港してから数回に過ぎないだろう。世の中に潜水艦乗りほど物臭いのもないだろう。(1942年6月3日)
腹の具合がとても悪い。未だに下る。食事も今朝ちょっと食べてみたが、すぐ痛くなるようなので、昼食を抜きにする。明日出撃までによくならないと、出港後は長時間潜航中、大便にゆけないので一番困るのだ。(1942年11月3日)
日記は1942年11月5日で終っている。
これにて、ハワイ海戦以来の陣中日誌、一冊目を終る。読み返す気もない。幾度か決死行の中にありて、気の向いたときに書き綴ったもの。そしてわれ死なばもろともにこの世から没する運命にある。しかし、第二冊目を書き続けてゆかねばならない。運命の魔の手が、太平洋の海底に迎えに来るその日まで。
この1冊目の日誌は翌年、伊16号が修理のため横須賀に戻った際に家族に渡された。その後、1944年5月19日に伊16号はソロモン諸島沖で撃沈され、著者も運命を共にする。27歳。結婚したばかりの妻と幼い娘を残しての戦死であった。
2冊目以降も書き続けられたはずの日誌は、海の底に眠っている。
本を読むのが好きな著者で、読書の話もたくさん出てくる。
樋口一葉『にごりえ』『たけくらべ』及びヴァイウォーターの『英独海戦』若干を読む。(1943年7月17日)
戦時中の潜水艦の中で樋口一葉の小説を読みながら、26歳の石川幸太郎はどんなことを考えていたのだろうか。
2021年12月8日、草思社文庫、1000円。