2023年06月30日

土井礼一郎歌集『義弟全史』

著者 :
短歌研究社
発売日 : 2023-04-20

「かばん」に所属する作者の第1歌集。
独特な発想やイメージの飛躍がおもしろい。

鎮魂といって花火を打ちあげるそしたらそれは落ちてくるのか
別れればすぐに薄れていく顔の真ん中に飛び込み台はあり
脱がされていることさえも気づかないあの子はたまごどうふの子供
遺書にさえヴァリアントあり人のすることはたいがい花びらになる
どうかするたびこの部屋に朝がきて電子レンジで家族は回る
ベビーカーから逃れ出て指先は春をただよう柔らかい虫
幸せであることばかりを言う人の顔のまわりを衛星が飛ぶ
あとちょっとだけ見ていてと言いながら糠床どんどんきゅうり沈める
はだかんぼうの物干し竿に幾枚もストールを巻きつけるままごと
そんな小さなえんぴつばかりたずさえて夏の風景実習にゆく

1首目、花火を打ちげることがなぜ鎮魂になるのかという問い掛け。
2首目、目の前からいなくなると顔が思い出せなくなってしまう人。
3首目、つるつるした肌の感じ。無垢であるとともに危うさもある。
4首目、遺書を何度か書き直したのだろう。どこかちぐはぐな感じ。
5首目、忙しい朝に次々と回るターンテーブルが家族を統べている。
6首目、結句「柔らかい虫」が印象的。ちょっと薄気味悪いような。
7首目、無理に幸せであると思い込もうとしている様子が滲み出る。
8首目、少しだけのはずがとめどなく物事が進行していく不気味さ。
9首目、「はだかんぼう」の使い方が面白い。着せ替え人形みたい。
10首目、奇妙な実景とも読めるし、暗喩的な寓話とも読めそうだ。

全体を通して読むと、随所に死者や戦争、家族のイメージが出てくることに気がつく。暗喩や寓意に満ちていて、さまざまな読み解きへと読者を誘う一冊だ。

2023年4月20日、短歌研究社、1800円。
posted by 松村正直 at 07:30| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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