「親が先生なのになるの?」と人は言う「だから」はからから転がっていく
教員はサブスクリプション驚きの低価格にて働かせ放題
/山田恵里「チョークかたかた」
子が教員になったことを詠んだ連作。作者も教員だ。1首目は「なのに」に傍点がある。かつては親の姿を見て教員を志す人も多かったが、近年は逆になっているのだろう。残業や休日出勤が多く、過重な負担に苦しんでいる。
「やせたい」は口だけでしょう?メガ盛りに豚汁(とんじる)つけて玉子もつけて
ないでしょう、やせる気なんて。吉野家の帰りにフラペチーノも飲んで
/伊藤祐楓「あずき色の看板」
牛丼チェーン店での飲食の様子を詠んだ作品。「やせたい」と言いながら、ついつい食べ過ぎてしまう。引用歌は連作の5首目と12首目。こんなふうに離れた場所に置かれることで、連作の横のつながりをうまく生み出している。
つり革にからだあづけておもひをりわが部屋にゐるまりも、さぼてん
春の日のアンリ・マティスの丸めがねしらくものうへにうかびつつあり
/岩ア佑太「菜種梅雨」
ちょっとした気分や雰囲気を醸し出すのがうまい作者。1首目は「まりも」「さぼてん」のひらがな表記が、生きものを飼っているみたいで効果的。2首目はマティスの絵ではなく眼鏡が思い浮かんでいるところが面白い。
ほんたうに雨になつた、といふ声を窓の反射に聞いてをりたり
人体の手がかりとして歯の治療してきた人とみる海のいろ
/有川知津子「手がかり」
1首目は、窓の外を見て独り言のように呟く人の声を部屋の中で聞いている。二人の距離感のようなものが印象的だ。2首目は万一事故などで亡くなった場合に身元確認の「手がかり」になることをふと思ったりするのだ。
ささやかな高揚のあり〈らっきょう玉〉ふたつひねって判子(はんこう)出して
これはかつて地層の一部だったもの唇(くち)は触れおり備前の土に
/大松達知「らっきょう玉」
「らっきょう玉」という言葉は知らなかったけれど、「判子」が出てきたのでわかった。印鑑ケースやがま口財布の留め具のことか。なるほど、らっきょうの形に似ている。2首目は備前焼の器。言葉によって認識や世界が変わる。
フィナンシェに飾られてゐる塩漬けのさくらが出会ふ今年のさくら
桜より櫻の漢字が合ひさうなやまざくら咲く百円硬貨
/杉本なお「さくらの釣銭」
舞台は桜まつり。1首目、お菓子に載っている桜は塩漬けで保存された去年の桜なのだろう。2首目、「桜」と「櫻」の密度の違い。百円玉にデザインされている八重桜は、確かに花びらの密度が濃い。思わず確認してしまった。
一人一人の作品は別々で多様だけれど、全体としてのまとまりや方向性は感じる。このバランスが、同人誌の大切なところだろう。みんな同じになってしまってはダメだし、かと言ってみんなバラバラでは意味がない。その加減がちょうど良くて心地いい。
散文では、梅田陽介「酒造りの歌から滴る情の露」が出色。中村憲吉の歌集『しがらみ』を取り上げている。
近代的な酒造りに必要な革新技術が形になったのは昭和十年頃とされているため、近代化直前の酒造りの情景を立体的に描写している点でも歴史資料的な価値がある。
この製法は生酛造(きもとづく)りといい、人工の乳酸菌を添加する安定した清酒製造法が確立した現代では希少なものになってしまった。
酒造りに関してとても詳しいなと思ったら、巻末の質問コーナー「最近食べたおいしいもの。」に「酒造りが終わって、四ケ月ぶりに食べた納豆」と書いていた。なるほど、同業者だったのか。酒蔵に納豆菌を持ち込まないように、仕込み期間は納豆を食べられないのだ。
今から100年以上前に刊行された歌集を取り上げているところに好感を持つ。こうした文章が載る同人誌には信頼が置ける。大地にしっかり根を張っている感じ。きれいで美しい花を咲かせることも大事だけれど、それと同じくらいに、太い根を張っていることも大事だと思う。
2023年6月15日、500円。