2013年から2017年までの作品を収めた第3歌集。
胸元に伏せられていたiPhoneの郷愁として光は消える
三つ栗のマウスを包む右手にてエゴサーチしても続く涼秋
うつせみの缶チューハイに含まれるウォッカほどの希死念慮 燃えよ
「批判するだけなら誰でも出来る」なんて批判を浴びて 爪が切りたい
強く握る鉄パイプから光沢が、遠くの沢の水が零れる
国道にちぇるるちぇるるとやって来てちぇるるちぇるりと去る冬である
したあとの小便いつもふたまたに分かれてしまう 愛してはいる
ガラス窓に風は激しく吹き付ける 老医師の耳鼻咽喉科には
シーリングファンは静かに回転を止めた ボトルシップの船長室で
手のひらに収まるほどの靴箆に踵を滑らせたから湿原
1首目、しばらく操作しないと画面が暗くなる。「郷愁」が面白い。
2首目、「三つ栗の」は枕詞ではなく3分割になったマウスの形状。
3首目、数パーセントではあるけれど死にたい思いを強く打ち消す。
4首目、結句に意外性がある。きちんと批判するのも難しいことだ。
5首目、「光沢」という言葉が光る沢のイメージを呼び寄せたのだ。
6首目、オノマトペの面白さ。最後だけ「ちぇるり」になっている。
7首目、岡崎裕美子の歌と同じ「したあと」の男性版という感じか。
8首目、昔ながらの町医者の佇まいや建物の雰囲気がよく出ている。
9首目、実際の部屋から模型の部屋へと場面が切り替わる鮮やかさ。
10首目、携帯用の靴箆の小ささから大きな湿原に足を踏み入れる。
詞書やレイアウトを工夫した連作が多く、1首単位の鑑賞をならべても歌集を読んだことにはならない感じが強い。
あとがきの「大文字のIではなく、小文字のiという虚数単位を追求している」という一文が、作者のスタンスをよく表している。
2022年11月20日、書肆侃侃房、2100円。