2023年06月08日

中村憲吉と片鉾池(その1)

「アララギ」の歌人中村憲吉は兵庫県の西宮に住んでいたことがある。1920(大正9)年から1926(大正15)年までのことだ。その間、彼は大阪毎日新聞の経済部記者として働いていた。

憲吉の住んでいた借家は片鉾池という池のほとりにあった。1920年5月3日付の平福百穂宛の書簡に次のように記されている。

家は西宮町外の香櫨園で故ウオーターシユートのあつた池の端にあります。池そのものは古いものだと申します。左手にすぐ夙川を挟んで両側に老松の並木があります。赤い大きな日がそこから上ります。夜は月が松頭から池面に映ります。池の向うは線路で汽車が通つてゐます。併し閑静でこの辺としては風情のある方です。

以前この付近一帯には1907(明治40)年に開設された「香櫨園遊園地」があり、池に向って大掛かりなウォーターシュートが設置されていたのである。しかし遊園地は1913(大正2)年に閉園となり施設も撤去されていた。


Koroen-amusement-park.jpg


第3歌集『しがらみ』(1924年)には片鉾池を詠んだ歌が多く収められている。

冬の日の暮るればさみし池に向く二階を下りて飯(いひ)食むひとり
わが宿の柳あかるく散りすきて池みづを広く見るべくなりぬ
夕ぐれの池に撃ちこみし銃(つつ)のおと岸の松原に人あらはるる
池ばたの借家に住みてひと年の雨夜じめりも我れ慣れにける
曇り夜の池はにほひて近くあり灯のとどく岸に蛙(かはづ)の鳴くも

池に面した家での暮らしの様子がよく伝わってくる。水鳥を狩猟で狙う人もいたようだ。歌集の編輯雑記の最後には、

大正甲子十三年初夏、屋前池畔に咲く鼠梓木の幽かなる花を眺めながら、摂津国六甲山麓、鉾池庵にて之を記す。

とある。「鼠梓木」はネズミモチ。片鉾池のほとりの自宅を「鉾池庵」と名付けていたことがわかる。

posted by 松村正直 at 00:09| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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