副題は「名人への道」。
最年少名人(21歳2か月)の記録を持つ著者が、現在第81期名人戦に挑戦している藤井聡太について論じた本。名人戦の長い歴史や打倒藤井の戦略など、多くの角度から藤井六冠の強さに迫っている。
羽生さんと同世代の強豪棋士たちを指す「羽生世代」という呼称が定着しているのに対して、「豊島世代」という言葉はあまり聞かない。というのも、彼らの時代が来る前に、あまりにも強い藤井さんが彗星のごとく現れ、タイトルを次々と獲得していったからである。
藤井さんはAIを利用して強く成ったと思っている人がまだ多いが、決してそうではない。彼は自分の力で考え抜いて強くなった。そしてトップ棋士相手にじっくり集中して考えることのできるタイトル戦を重ねることで、より強くなっている。
本書で一番印象に残ったのは、著者が自らの時代を築けなかったと悔やんでいる点である。
私以前の三人(木村義雄、大山康晴、中原誠)と羽生さんは、いずれも一時代を築いた大名人である。しかし、私は永世名人資格の五期ギリギリで、自らの時代を長く築くことができなかった。
木村先生、大山先生、中原先生までは、名人は世襲制ではないにしても、「引き継がれていくものだ」という意識があったと思う。ただ残念ながら、その後はなかなかそういう形にはならなかった。(…)私自身の力不足があったことは否めない。
言うまでもなく著者も一流のトップ棋士なのだが、超一流にはなれなかったという思いがあるのだろう。これは謙遜でも何でもなくて、それだけプロの勝負の世界は厳しいということだ。
同様のことを、渡辺明名人もマンガ『将棋の渡辺くん』の中で言っていた。
「将棋界には大山・中原・羽生っていう大名人の系譜があって」「藤井くんもおそらく それ」「俺はそこには入らないんだよ」https://www.youtube.com/watch?v=n61uMNWpWNU
つまり、大山―中原―(谷川)―羽生―(渡辺)―藤井という図式になるのだろう。超一流の棋士の華々しい活躍の裏には、その引き立て役に回らざるを得なかった多くの棋士たちの無念があるのだ。
2023年1月18日、講談社+α新書、900円。