鼎談「篠弘氏の歌業」(三枝ミ之、島田修三、栗木京子)が良かった。故人と関わりの深かった3人が、篠の評論や作品を取り上げて、その功績や問題点について率直に語り合っている。
島田 明治の近代短歌から前衛短歌までのスパンで、短歌史を見通した人は篠さんだけでしょうね。あの人のやり方は資料至上主義、資料に語らせるのね。三枝さんはご存じだと思うけれど、あれは早稲田の柳田泉の流儀だと思う。
栗木 篠さんは「前衛短歌が取り落としたものの一つに、女性の歌を読み切れなかった、ということがあった」と思っていらした。例えば山中智恵子さん、葛原妙子さんなどの位置づけ。(…)その反省の上に立って、女性の歌の流れを大事にされましたね。
三枝 戦後民主主義を基準にして短歌史をどのように見るかが彼の使命だった。(…)篠さんは一つの篠史観を残してくれたわけだから、それをどういうふうに補うか、どういうふうに伸ばすか。違う観点を出すかというようなことが、残った人に課させられた課題だと思います。
篠さんについての思い出を一つ。
2021年に篠さんのライフワークであった『戦争と歌人たち』(本阿弥書店)の書評を書いた時に、十数か所の誤植を見つけて版元に連絡した。すると、その日のうちに篠さんから電話が掛かってきてお礼を言われたのである。
体調の問題があって十分な校正ができずに申し訳ない、再版する際には直したい、とまず謝って、それから、若い人に読んでもらえるのはありがたい、これをもとにさらに若い人が調べて書いてほしい、とおっしゃった。
十数分話をしただろうか。それが篠さんと話した最後である。
『戦争と歌人たち』のテーマをどのように受け継いでいくのか。昨年のオンラインイベント「軍医の見た戦争 ― 歌人米川稔の生涯」は、その問いに対する私なりの回答でもあった。