2023年04月02日

松村由利子『ジャーナリスト与謝野晶子』


2019年9月から2021年4月まで「短歌研究」に連載された文章に加筆してまとめた一冊。大正時代を中心に多くの評論を書き、社会に向けて発言し続けた晶子の姿を鮮やかに描き出している。

晶子の評論活動は、明治末期から昭和初期にかけての二十年余りにわたった。最も活発に執筆したのは「大正デモクラシー」と呼ばれる時期と重なっている。有名歌人という肩書だけで長期間にわたってメディアで書き続けるのは困難だ。筆力はもちろん、本人の自覚や問題意識も不可欠である。

1912年のヨーロッパ旅行におけるインタビューで「新聞記者が男にも女にも最上の職業」と答えた晶子には、歌人としてだけでなくジャーナリストとしての資質もあったのだろう。イギリスの女性参政権運動に共感し、男女平等や民主主義を唱え、新しい教育のあり方を模索するなど幅広く活躍する。

この「ジャーナリスト」という観点は、新聞記者としてのキャリアを持つ著者ならではのものだろう。当時の社会状況や時代背景を一つ一つ明らかにしながら、晶子の活動の実態に深く迫っている。

中でも、晶子が政府の言論統制を強く批判した連作「灰色の日」30首(1909年)の読み解きは圧巻だ。これまで、あまり論じられてこなかった作品である。晶子が本格的な評論活動を始める前から既に社会に対して強い関心を持っていたことがよくわかる。

晶子の書いたことは今も少しも色褪せていない。当時はまだ言葉もなかった「男女共同参画」「ワークシェアリング」「生涯学習」「ライフ・ヒストリー」といった概念についても、いち早く言及している。

晶子は「あまりに子供に触れ過ぎて愛に溺れる母」と「あまりに子供に触れないで愛に欠ける父」とが対立している家庭は決して望ましい形ではないと言う。家庭における育児の担い手が一人しかいない「ワンオペ育児」が今も多くの女性を悩ませている現状を見るとき、晶子の主張の先見性を思わされる。

それだけ晶子の評論は本質的で鋭かったわけだ。一方でそれは、日本社会がこの100年の間ほとんど変わらずに来てしまったことを示しているとも言えるだろう。

2022年9月14日、短歌研究社、2500円。

posted by 松村正直 at 08:45| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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