2023年03月19日

松本典子歌集『せかいの影絵』

著者 : 松本典子
短歌研究社
発売日 : 2023-02-01

2017年から2022年までの作品387首を収めた第4歌集。

コロナ禍やウクライナ侵攻などの社会詠と、2020年に亡くなった俳優の三浦春馬や癌で亡くなった妹の挽歌など重いテーマの歌が多い。

秋はいつも直滑降でやつて来るゆびのさき朝の水がつめたい
  難民としてドイツへ
床に皿をならべ片膝を立てながらヤズディは食むドイツへ来ても
スケボーで跳べば影さへ地をはなれ逆光にきみの黒きシルエット
髪を洗ひ背なかを流してもらふため〈要支援2〉を母はよろこぶ
桜丸に来る日も来る日も詰め腹を切らせて千秋楽のにぎはひ
STAY HOMEの呼びかけに取り残されつ春雷に家を持たぬ人たち
だってほらshowとsnowは綴りまで似ててはかなく消えてしまふの
紙おむつの背なかに名前と電話番号書いて祈れりウクライナの母たち
あらがひがたく声は流れ去るものだつた蓄音機が世にあらはれるまで
いもうとの死を見つめそこにある眼鏡ついさつきまで掛けてゐたふうで

1首目、「直滑降」という比喩が印象的。唐突に訪れる秋の涼しさ。
2首目、故郷を追われても、身体に根差した生活習慣は変わらない。
3首目、光と影の対比が鮮やか。スケボーする人の躍動感が伝わる。
4首目、介護認定が下りると訪問入浴などのサービスが受けられる。
5首目、文楽「菅原伝授手習鑑」。実人生では一度しか死ねないが。
6首目、ネット難民やホームレスなど、家を持たない人も多くいる。
7首目、ショーの世界で生き雪のようにはかなく逝った人への思い。
8首目、万が一生き別れになった時のために書く。赤子は一番弱い。
9首目、声の本質は消えてしまうところにある。だからこそ美しい。
10首目、病室に残る眼鏡。妹の目や視線がまだあるように感じる。

2023年2月5日、短歌研究社、2200円。

posted by 松村正直 at 09:58| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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