副題は「わたしと「安部公房」」。
「安部公房の文学に出会っていなかったら、私は今と違う考え方や生き方をしていたかもしれない」という著者が、安部公房体験や安倍作品の魅力を記した本。
多くの作品を引いて解説をしながら、パンデミックと戦争を経た今こそ読まれるべき文学として、強く安部公房を推している。
安部公房の作品は、フィクションという体裁をとった、人間社会の生態観察だと私は考えている。
コロナ禍は今の我々にとって、明らかに目に見えない「壁」だ。「壁」は、安部公房の一貫したテーマであり、安部文学とはすなわち「壁文学」である、と言ってしまってもいいくらいだ。
この作品(『けものたちは故郷をめざす』)は映像的な描写が多いので、映画化したらきっと面白いだろうと思うが、一方では、これだけ映像的だと、むしろあえて映像ではなく文学のままにしておいたほうがいいのかもしれない。荒野や砂漠という光景は、特定の景色で限定しないほうが、ずっと過酷さを増すように思う。
安部公房文学は、日本人という、個人主義よりも協調性や調和に圧倒的に比重を置く国民の性質に着眼することによって、世界全体におけるデモクラシーの矛盾や「弱者」が生み出される構造を、俯瞰で考察し続けた記録でもあるのだ。
あらためて、安部公房の作品を読み直してみたくなる。
私は中学生〜高校生の頃に安部公房にはまって、『安部公房全作品』15巻を買った。個人の全集を買ったのは、それが初めてのこと。Z会のペンネームを「ユープケッチャ」にしていたくらいである。
個人的に影響を受けた文学の流れで言えば、安部公房→カフカ(池内紀訳)→モルゲンシュテル(卒論)→石川啄木となるだろう。それにしても、1993年に安部公房が亡くなってもう30年が経つのか。
2022年5月10日、NHK出版新書、930円。