「塔」所属の作者の第1歌集。三部構成で394首を収めている。
タイトルの weathercock は風見鶏。
図書館の窓は大きくふと見れば他人の余生なども映りぬ
両眼だけ奪うなという契約のドナーカードの緑やつれて
洋室に光は溢れ人生を巻き戻してもたぶん一緒だ
デンマーク船が突然現れてターナー展は春まで続く
ビルヂングの中に小さき池ありて外の雨には濡れず動かず
辞める未来、辞めない未来どちらにも寄らず離れず割る茹で卵
回想の映像を見ておれば急に祖父の顔付きが変わる時期あり
小牧・長久手の間はやや遠く営業地域(エリア)の外にあるぞ長久手
白飯をコーンスープにほぐしおり金も誇りもおかずも無くて
はしゃいでたつもりだけれど泣いていた積雪に足跡が深くて
移民の孫が移民を拒む寂しさの中でもうすぐ築かれる壁
dolphinの傍らに人泳ぎおりかすかに泡を浮かばせながら
電話口の声の暗さに気をとられそこから別れまで速かった
「残酷なことをしていた」そうなのか残酷だったのか今までは
抗菌化されし車両の中に居て本読むほどの力もあらず
1首目、図書館では来館者や書物に描かれた様々な人生が交差する。
2首目、悪魔との契約みたい。「眼球」の項目だけ×をつけている。
3首目、何度やり直してもまた同じ道をたどるのだろうという思い。
4首目、絵の中の話から展覧会の期間の話へつながるのが不思議だ。
5首目、ビル内にある池なので雨に打たれない。その奇妙な静けさ。
6首目、会社を辞めるか迷う。結句「茹で卵」の取り合わせが絶妙。
7首目、亡くなった祖父の生前の姿。死の近い顔になったのだろう。
8首目、日本史では「小牧・長久手の戦い」と一括されるけれども。
9首目、白飯とコーンスープの合わない感じが何とも悲しげである。
10首目、流れ出た涙によって、はじめて自分の心に気づいたのだ。
11首目、トランプ前大統領の祖父はドイツからアメリカへの移民。
12首目、水族館のショー。dolphinという表記と下句の描写が光る。
13首目、恋人との別れ話の場面。一首の中での言葉の展開も速い。
14首目、お互い楽しく過ごしていたと思っていた日々だったのだ。
15首目、抗菌化によって、まるで自分まで無力になったみたいだ。
2022年11月20日、短歌研究社、1700円。