2023年01月03日

千葉優作歌集『あるはなく』


「塔」「トワ・フール」所属の作者の第1歌集。
2015年から2021年までの作品291首を収めている。

思ひ出の手紙の墓となるだらう鳩サブレーの黄なるカンカン
チャリを押すおれと押されてゆくチャリの春は社交(ソシアル)ダンスの距離に
営業をやめてしまつたコンビニがさらすコンビニ風の外観
印象派絵画のごとく頓別(とんべつ)の原野に楡の五、六本あり
こんなにも素直に花は反省のすがたに折れて水をもとめる
たぶんなにもわかつてゐない後輩の「なるほどですね」がとてもまぶしい
生きづらいつて息がしづらいことですかかもめは霧におぼれてしまふ
かつて蝶、だつた靴跡もつれあふひどく寡黙な秋の渚に
風のやうに記憶はひかる ふところにLARK(ひばり)を抱いてゐるひとだつた
こんなにも小骨を肉にひそませて苦しいだらうニシンの一生(ひとよ)
すんすんと伸びゆく竹のうちがはに竹の一生(ひとよ)が閉ぢこめる闇
睡蓮が水面をおほふ夏の午後こんなに明るい失明がある
アキアカネその二万個の複眼に映る二万の夕焼けがある
にはとりの卵に模様なきことを思へばしづかなる冬銀河
いちにちのはじめに休符置くやうに白湯を飲みをり雪の夜明けは

1首目、黄色い缶の明るさと「手紙の墓」の寂しさの落差が印象的。
2首目、比喩がおもしろい。確かに自転車を押す時はこういう感じ。
3首目、コンビニ特有の外観というものが、廃業後もそのまま残る。
4首目、頓別という北海道の地名が目を引く。風景の存在感が強い。
5首目、花首の垂れてしまった姿。人間はそんなに素直になれない。
6首目、話を理解してない様子を批判するのではなく羨ましく思う。
7首目、言葉遊びのような上句と、下句の景の取り合わせが巧みだ。
8首目、もつれ合うような靴跡から歩いて行った二人の姿が浮かぶ。
9首目、ラークが好きだった人。空のイメージと「ひ」の音の響き。
10首目、身離れが悪く肉に食い込んでいる骨。下句が実に個性的。
11首目、竹の内部の空洞には、伐られるまで光が射すことはない。
12首目、池を眼球に喩えている。反転する明るさと暗さが美しい。
13首目、数万個の目から成る複眼を持つ蜻蛉。圧倒的な夕焼けだ。
14首目、下句への展開に意外性がある。模様が銀河になったのか。
15首目、まずは一服。「白湯」の「白」が雪の白さも感じさせる。

2022年12月1日、青磁社、2200円。

posted by 松村正直 at 12:02| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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