2015年の「革靴とスニーカー」50首で角川短歌賞を受賞した「かりん」所属の作者の第1歌集。2011年から2022年までの作品347首が収められている。
ボールペンの解剖涼やかに終わり少年の発条(ばね)さらさらと鳴る
ゆめみるように立方体は回りおり夏のはずれのかき氷機に
白鳥の首のカーヴのあの感じ、細い手すりに手を添えている
「あ」の中に「め」の文字があり「め」の中に「の」の文字があり雨降りつづく
夜汽車なら湖国へさしかかる時刻 研究室の四つの灯を消す
はつなつの水族館はひたひたと海の断面に指紋増えゆく
尾ひれから黒いインクに変わりゆく金魚を夢で見たのだったか
もう足のつかない深さまで夜は来ておりふうせんかずらの庭に
かうもりのおほかたは残像にして埋み火いろのゆふぞらに増ゆ
カーテンのレースを引けば唐草の刺繍に透けて今朝の雪ふる
1首目、分解でなく「解剖」としたのがいい。少年自身の体みたい。
2首目、謎めいた上句からの展開が鮮やか。うっとりと削られる氷。
3首目、手すりの感触から白鳥の首をイメージする。その生々しさ。
4首目、文字遊びの歌だが、「雨」「つづく」と意味も当て嵌まる。
5首目、車両と研究室の像が重なる。夜行列車に乗っていれば今頃。
6首目、アクリル板を「海の断面」と表現した。実際にはないもの。
7首目、金魚のひれの透明感と夢の朦朧とした感じ。結句も印象的。
8首目、水に浸っているような夜の暗さにふうせんかずらが浮かぶ。
9首目、上句がいい。はためくような予測の付かない飛び方をする。
10首目、唐草模様と雪の重なりが美しく、K音とS音の響きが静謐。
2022年11月25日、角川書店、2200円。