2022年12月22日

武田尚子『ミルクと日本人』


副題は「近代社会の「元気の源」」。

日本における牛乳の歴史をたどりつつ、近代社会の成り立ちや、経済と福祉の発展について考察した本。切り口がおもしろい。

日本でミルクが近代以降の産物であるからこそ、ミルクを手がかりに、日本近代の特徴を深く探る醍醐味を味わうことができる。

文明開化とともに牛乳が栄養豊富な飲物として推奨されたこと、少ない資本で参入できる商売として牛乳販売業が起こり、やがてミルクプラントの寡占化が進んでいったこと、都市の住民の間でミルクホールが流行ったことなど、明治・大正期の牛乳の広がりが資料に基づいて描かれていく。

私たちがよく知っている人物も登場する。一人は芥川龍之介であり、もう一人は伊藤左千夫だ。

築地「耕牧舎」は芥川龍之介の生家である。後年、芥川は「僕の父は牛乳屋であり、小さい成功者の一人らしかった」と記している。小さい成功者どころではなく、あっという間に一頭地を抜いた大変な成功者で、牛歩のなかのダークホースのようなものである。
牛乳配達人から独立自営をめざして、見事に実現したのがアララギ派の歌人伊藤左千夫である。(…)四年間で七カ所の搾乳所・販売店に勤め、二十五歳のときに同郷者一名との共同経営であるが独立自営を達成した。

さらに、関東大震災の被災者や栄誉不良の児童に対する牛乳の配給や、戦後の学校給食における脱脂粉乳の提供まで、牛乳をめぐる話は続いていく。

給食で毎日牛乳を飲んだ(飲まされた?)頃のことを懐かしく思い出した。

2017年6月25日、中公新書、880円。

posted by 松村正直 at 18:40| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
宝塚の機関誌「歌劇」の昭和3年4月号を読んでいたら、大軌(現・近鉄)の上本町駅で、今から奈良に出かける美術スタッフの野島一郎が牛乳を飲むシーンが出てきました。

「駅でミルク売っとるなんて、フランスに行っとるやうや」と最近渡仏する野島一郎先生仲々御機嫌斜でなく、早や二本程飲み空けてしまってゐる。

引用文中にあるように、野島はフランス留学が決まっており、こんな感想が漏れたものと思われます。
同じ年の7月に宝塚大劇場で上演された高速度喜歌劇『廻り燈籠』という作品には牛乳配達が出てきたらしいのですが、その衣裳がKマークの付いた運動帽に白い運動服で、スチール写真を撮影する写真屋さんから野球選手と間違えられたそうです。
以上小ネタ2題でした。
Posted by 小竹 哲 at 2022年12月24日 16:32
小竹さん、コメントありがとうございます。
宝塚は歴史が古いので、「歌劇」もそれぞれの時代の貴重な資料になっているでしょうね。
『ミルクと日本人』にも、牛乳がハイカラな飲み物として、都市部の「ミルクホール」で人気を博していた様子が描かれていました。
Posted by 松村正直 at 2022年12月26日 17:36
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。