2017年から2022年までの作品446首を収めた第11歌集。
94歳で亡くなった母を詠んだ歌が印象に残る。
こころといふものを手にのせ眺めたしみづからさへも信じ得ぬ日は
草野球終へし子供ら(立ち飲みはせねど)てんでに焼鳥を買ふ
けやき落葉散り敷く道を画布として白きコートのわれ歩みゆく
葉桜にみどりの風の吹くゆふべ餃子に小さくひだ寄せてゆく
嘔吐せぬ強き胃袋もつ母は最期に三匙のゼリー食べにき
真夜中の電話はもう無し母の死の代はりにわれに安眠来たり
風邪引けば母に叱られ霜月の暮れゆく窓の桟を見てゐき
岸辺にてトランペットを吹く人をり川はそこより西へと曲がる
散り落ちて互ひの距離の縮まりぬ紅むらさきの木蓮の花
一万個分のプールの水収め積乱雲は朝をかがやく
1首目、心は自分にとっても謎のもの。すべて把握できてはいない。
2首目、大人たちなら、一杯飲んでという場面。見せ消ちが巧みだ。
3首目、白い画布に色を塗るのではなく、色のある画布に白を塗る。
4首目、上句の葉桜の揺れる様子と下句「ひだ寄せて」が響き合う。
5首目、亡くなるまで経口摂取を続けられた母。「三匙」が悲しい。
6首目、施設からの突然の連絡に慌てる日々がもう戻らない寂しさ。
7首目、病気の時ほど母には優しくしてもらいたかったのにと思う。
8首目、景がよく見えてくる歌。カーブするところで練習している。
9首目、発見の歌。三次元の空中に咲いていた時の方が離れていた。
10首目、視覚化された大量の水が雲の中にあることに驚かされる。
2022年9月1日、短歌研究社、2000円。