2022年11月29日

大下一真『鎌倉 花和尚独語』


読売新聞と「短歌往来」に連載したエッセイ48篇を収めた本。花の寺として知られる鎌倉の瑞泉寺の住職として過ごす日々が、落ち着いた筆致で描かれている。

作者の歌集には草を引いたり枯葉を掃いたりといった歌が多くあるが、エッセイにもそうした場面が出てくる。

草取りの話をしていると、住職みずからそのようなことをなさるのですかと問われることがある。むろん嘘ではない。そもそも禅寺では、畑仕事などを作務(さむ)と呼んで尊び、唐代の禅者百丈和尚は「一日作(な)サザレバ一日食(くら)ハズ」と言われた。勤労なくして食なしという戒めである。

瑞泉寺は1327年創建の古い歴史を持つ。住職としての責任は重い。

寺はタイムカプセルなのだ。必要とする人のために、まずは大切に保存しておく。後に伝える。それが文化のリレーランナーたる住持の最低限のマナーなのだ。そう思って、一日仕事の文書探しを終え、箱のふたをする。

身近な雑学や蘊蓄の話もあって、読んでいて楽しい。

ずいぶんと昔の話だが、何かの必要があって、手元にある草花図鑑で「ヤマイモ」を引こうとした。だが不思議なことに、「ヤマイモ」はない。そんなはずはないと分厚い図鑑をひっくり返しひっくり返して何度も調べ、やっと分かった。「ヤマイモ」ではなく「ヤマノイモ」が正式の名なのだと。

2020年7月2日、冬花社、1700円。

posted by 松村正直 at 23:14| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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