
今年80歳で亡くなった作者の遺歌集。
2002年以降の作品514首が収められている。
灯籠が浮き沈みして流れゆきふいに見えなくなりし夜の闇
滝桜は見るべくもなく霙降る三春(みはる)の町にうどんをすする
「宦官」というを初めて知りし日の光あふれる春の教室
うたた寝をしている間に滅びたる平家 日曜の夜も時代は移る
〈伝説の塩ラーメン〉を食べたいと友遠方より来たり楽しも
出勤して必ずくしゃみを一度する同僚の側にはコーヒーを置かず
「燃えるゴミ」「燃えないゴミ」と分けてゆき終に残れり「分からないゴミ」
同級生十人揃い温泉に行く計画はにわかに進む
内科より歯科へと歩む半日の沈むならねど弾まぬこころ
映画館、本屋、床屋と別れゆく三人家族のそれぞれの午後
1首目、上句が面白い。歩きながら塀越しに灯籠を見ている場面か。
2首目、有名な桜を見るのは諦めるしかない。寒さが伝わってくる。
3首目、中学生の頃か。性の目覚めのイメージが鮮やかに描かれる。
4首目、うたた寝しながら見るテレビ。上句に栄華の儚さを感じる。
5首目、作者の住むのは北海道の旭川。論語を踏まえたユーモアだ。
6首目、同僚に対する皮肉の歌が何首かある。遠慮のないくしゃみ。
7首目、「分かる」の語源が「分ける」であるという話を思い出す。
8首目、「にわかに」がいい。誰かが言い出して見る見る話が進む。
9首目、下句の半ば打ち消すような言い方に、老いの悲しみが滲む。
10首目、町に出て各人の用事をしに行く。素敵な家族のあり方だ。
2022年9月28日、六花書林、2500円。