2022年11月02日

今井恵子歌集『運ぶ眼、運ばれる眼』


「まひる野」編集委員の作者の第6歌集。

「眼の移動」をテーマにした歌集で、T章「土を踏む」は徒歩による移動、U章「運ばれる眼」は乗物での移動をもとに詠まれた歌、合計308首が収められている。T章は歌と歌の間に散文(詞書)も多くあり、作者と一緒に歩いているような気分になる。

その脇に椿一樹をそよがせて丸き塚あり天心の墓
はるかなる歴史を音に聞くごとく怒田畑(ぬたばた)・留原(ととはら)・人里(へんぼり)・笛吹(うずしき)
「この家で葭子はビールを飲みました」そんなことまで話題となって
背をのばし埴輪のおんなは歩きだす頭上に大き壺を運びて
風よけの黒きフードに顔しずめ平らな水に垂らす釣糸
カーブする路面電車にひらけゆく線路あかるし早稲田駅まで
大公孫樹の下に自転車停めながら水の透明をラッパ飲みする
膝の上にコートを載せて温めおり左の視野を川過ぎるとき
橋裏にはたらき足場を組む人に間近く舟は寄りて過ぎたり
わが乗れる気球の影よアメリカの野面を森をふわりと這つて

1首目、茨城県の五浦にある岡倉天心の墓。椿から始まるのがいい。
2首目、難読地名を見ると、地名の由来や土地の歴史が想像される。
3首目、三ヶ島葭子の足跡をたどる。歴史でもあり伝聞でもある話。
4首目、頭に壺を載せる埴輪。見ているうちに動き出しそうな感じ。
5首目、じっと動かず表情も見えない釣り人。「顔しずめ」がいい。
6首目、唯一残る都電の荒川線。「ひらけゆく」が路面電車らしい。
7首目、ミネラルウォーターを飲むところ。「水の透明」が巧みだ。
8首目、新幹線に乗って川を渡る場面。川から冷気が伝わるような。
9首目、神田川クルーズ。地上からでは見えない場所で働く人の姿。
10首目、大地の起伏を移りゆく気球の影。広々とした景が浮かぶ。

2022年7月22日、現代短歌社、2700円。

posted by 松村正直 at 12:49| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。