2022年10月25日

大崎市

先週、国際啄木学会の大会に参加するために、宮城県の大崎市へ行ってきた。大崎市という名前にはなじみがないが、中心地は古川。2006年に古川市と周辺の町が合併して大崎市という名前になったようだ。

せっかくなので少し観光をすることにして、まずは「尿前(しとまえ)の関」(宮城県大崎市鳴子)へ。鳴子温泉の近くである。


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ここは、奥の細道の旅で芭蕉が訪れたところ。

南部道遥に見やりて、岩手の里に泊る。小黒崎・みづの小嶋を過て、なるごの湯より尿前の関にかかりて、出羽の国に超えんとす。この路(みち)旅人稀なる所なれば、関守にあやしめられて、漸(ようよう)として関をこす。

続いて、県境を越えて「封人(ほうじん)の家」(山形県最上町堺田)へ。正式名は旧有路家住宅で重要文化財に指定されている。


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入口に立つ芭蕉と曾良。

「封人」とは国境を守る人のことで、ここは芭蕉が泊まって有名な句を詠んだ家と伝えられている。

大山をのぼつて日すでに暮ければ、封人の家を見かけて舎(やどり)を求む。三日風雨あれて、よしなき山中に逗留す。

  蚤虱馬の尿する枕もと

続いて、封人の家から歩いて「堺田分水嶺」へ。JR陸羽東線(奥の細道湯けむりライン)の堺田駅からすぐのところ。


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ここで左右に分かれた流れは、西側は102km下って山形県酒田市の日本海へ、東側は116km下って宮城県石巻市の太平洋へ向かう。まさに、運命の分かれ道だ。

ちなみに、国際啄木学会の会場となったのは、吉野作造記念館(宮城県大崎市古川)。


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民本主義を唱え大正デモクラシーを主導した政治学者、吉野作造はこの古川の地に生まれた。新幹線の古川駅を出ると「吉野作造生誕の地」という大きな標柱が立っている。

posted by 松村正直 at 07:42| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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