
2017年から2022年の作品440首を収めた第6歌集。
https://gendaitanka.thebase.in/items/66850262
社会人となって家を離れた二人の子や病気の後遺症の残る母を詠んだ歌が多い。また、ハンセン病や水俣、沖縄に関する社会詠も積極的に詠んでいる。
馬乗りに押さえつけたることのあり圧縮袋の空気抜かむと
老眼鏡をシニアグラスと言い直し少し先へと老いを延ばせり
水の面(も)の引き攣れるごと氷はり緋色の鯉はその下を行く
我は娘(こ)を 娘は夫を叱りいて夫は老いたうさぎと話す
行間がゆったり組まれているように日暮れに雲がうまく散らばる
重すぎてとまれぬままに熊蜂がカリガネソウをまた吸いにゆく
ビニールシートの下から手を差し出しお金を払う
まちがった方の手を出すキツネの子 混じりておらむ春の日のレジ
目玉焼きにも上下があると写真家は皿を回して位置を定める
舌読に使われた点字版を初めて見た
舐められてやがて言葉となりてゆく速度思えり点字亜鉛版に
付箋外せば剥げてしまいし文字のあり 療養歌人の古き歌集に
1首目、相手が人だと思って読み進めると、下句で違う展開になる。
2首目、モノは同じなのだが、世間では「老い」を避けようとする。
3首目、薄氷の張った皺や歪みを「引き攣れる」と捉えたのが秀逸。
4首目、家族間の力関係がユーモラスに描かれていてほのぼのする。
5首目、上句の比喩が程よい雲の感じと、自身の心境を表している。
6首目、清楚な紫色の花と熊蜂の取り合わせ。花粉が蜂に付着する。
7首目、コロナ禍の手だけのやり取りを『手袋を買いに』に喩えた。
8首目、食べる際には関係が無いが、写真の見栄えには関係がある。
9首目、長島愛生園での歌。視覚も指先の感覚も失われた人のため。
10首目、歴史や記憶が忘れられていく寂しさのようなものが滲む。
2022年8月26日、現代短歌社、2000円。