2022年09月28日

鯨井可菜子歌集『アップライト』


296首を収めた第2歌集。
結婚して新しい生活が始まる。家族の歌や仕事の歌が多い。

日々きみを思えば胸にこんがりと縁まで焼けてゆく目玉焼き
テーブルの麦茶のコップ遠ざけてそこにひろげる婚姻届
チーズケーキくずしては食み聞いている隣の客の骨折のはなし
食パンを山と麓(ふもと)に切り分けて夫婦二人のサンドイッチ成る
鋤跡のわずかに残る冬の田をパンタグラフの影わたりゆく
真空パックのなかに伸されてしゃべらないあじの開きを両手につつむ
「頭すすってあげてください」活海老の握りを出して板前が言う
消しゴムのかすを払ってゲラをよけデスクに食すかんぴょういなり
小舟のようにコイントレーは行き交えりアクリル板の下の隙間を
ゆるされて旅館に足を踏み入れる三十六・四度のわたし

1首目、相手への思いが日ごとに確かなものになっていくのだろう。
2首目、麦茶のコップの生活感と大切な婚姻届の取り合わせがいい。
3首目、カフェで耳に入ってきた話。「くずして」と「骨折」の妙。
4首目、上半分と下半分を「山と麓」と見たところに楽しさが滲む。
5首目、郊外の風景を映像的に描いた。田の脇を鉄道が通っている。
6首目、身を割かれ真空パックに閉じ込められていると思うと哀れ。
7首目、会話は文脈や状況に多くを依存していることがよくわかる。
8首目、職場でささっと食事しているところ。忙しさがよく伝わる。
9首目、コロナ禍で目にすることの増えた光景。「小舟」がうまい。
10首目、入口で検温が必要。「ゆるされて」から始まるのがいい。

2022年9月17日、六花書林、2000円。

posted by 松村正直 at 07:52| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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