2022年07月24日

大辻隆弘歌集『樟の窓』


副題は「短歌日記2021」。

「ふらんす堂」のホームページに2021年1月1日から12月31日まで連載された365首をまとめたもの。3月末で長年勤めた高校を定年退職し、4月から別の高校で再任用で働くという節目の年であった。

  検診
降参のかたちに諸手(もろて)さしあげて冷(さむ)きひかりの輪に斬られをり
  「新冠病毒防控対策」といふ中国語
新冠と書けばなにやら栄耀を帯びたるごとしウイルスといへど
  天皇誕生日
半ズボンより覗きたる太股のましろき頃の浩宮様
  残務処理
シュレッダーに切りきざまれし紙切れが辛夷(こぶし)の花に見ゆるたまゆら
  饅
螢烏賊のまなこ零れてゐたりけり伊万里の皿の青きおもてに
  秡川清掃ボランティア
葦の根をわけて芥をひろふとき舟べりはわが重みに傾(かし)ぐ
  コメダ川井町店
ひつそりと椅子を拭はむ人あらむ私がここを立ち去つたなら
  イオンモール明和
クリスティンどこにゐるのといふ声がフードコートに響く夕どき
  贈物
紅色のストールを肩に纏はせて旋回したり秋のあなたは
  神社掃除
冷えまさる朝の正しき陽をあびて竹箒立つ小屋の右端

1首目、CT検査を受ける場面。「降参」と「斬られ」が対応する。
2首目、新型コロナの中国語表記。イメージが全く違うものになる。
3首目、今の天皇は作者と同じ1960年生まれ。親近感があるのだ。
4首目、退職に伴う処理を行いつつ、過去の歳月を思い出している。
5首目「饅」は「ぬた」。細部の描写が色や質感を生々しく伝える。
6首目、地元の「秡川」は十数首詠まれている。身体感覚のある歌。
7首目、コロナ対策のため使い終った椅子を毎回拭くようになった。
8首目、まるで洋画のワンシーンみたいな台詞と現実の場面の落差。
9首目「旋回」という語の選びがいい。ストールがひらひらなびく。
10首目、きちんと整った場面によく合う文体や言葉を用いている。

以前より時間的なゆとりができたからだろう、名作を次々と読破している。「ジャン・クリストフ」、ゾラ「大地」、マン「ブッデンブローク家の人々」、「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」、鷗外「伊澤蘭軒」、チェーホフ「ワーニャ伯父さん」などなど。

2022年6月23日、ふらんす堂、2420円。

posted by 松村正直 at 14:54| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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