「コーダ」(CODA=Children of Deaf Adults 聴覚障害のある親に育てられた聴こえる子ども)である著者が、自らの小学生時代から現在までを振り返りつつ、母との関係を築き直すまでを描いたノンフィクション。
〈耳の聴こえない母が大嫌いだった。それでも彼女はぼくに「ありがとう」と言った。〉という帯文(初出のネット記事のタイトル)が強い印象を残す。
生まれつき耳が聴こえないお母さんに育てられているだなんて、誰にも知られたくなかった。とにかく恥ずかしい、とさえ思っていた。
先月、映画「コーダ あいのうた」を観て「コーダ」のことを知った。著者も20歳代半ばで初めて「コーダ」という言葉に出会う。
衝撃的だった。自分のような生い立ちの人間をカテゴライズする言葉があるなんて、考えたこともなかったからだ。同時に、胸中に不思議な安堵感が広がっていく。
コーダは「聴こえない親を守りたい」という肯定的な気持ちと、「聴こえない親なんて嫌だ」という否定的な気持ちとの狭間で大きく揺れ動くこと。(…)自身の境遇を「可哀想」とは思っていないのに、社会からの偏見により半ば強制的に可哀想な子ども≠ノされてしまうこと。
とても良い本だった。自分の行動や心情をここまで客観的に描けるようになるまでには、相当な時間がかかったにちがいない。家族が家族であるためには、そうした努力が必要なのである。
2021年2月10日、幻冬舎、1400円。