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やさしい鮫日記
松村正直の短歌と生活
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2022年06月06日
石田杜
石田杜(いわたのもり)は万葉集以来の歌枕の地。
京都市伏見区石田森西にある「天穂日命(あめのほひのみこと)神社」が、その地に当たるとされている。現在の地名は「いしだ」。
神社の入口近くに立つ歌碑。
山科の石田の小野のははそ原見つつか君が山道越ゆらむ
藤原宇合「万葉集」
ひぐらしの涙やよそに余るらん秋と石田の森の下風
順徳院「順徳院御集」
石の鳥居は裏側から鉄骨で補強されていた。
表から見ると、ほとんどわからないようになっている。
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posted by 松村正直 at 11:07|
Comment(4)
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旅行
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この記事へのコメント
「岩田の森」は『枕草子』の207段「森は」にも出てきますね。後年の研究により、そこに列挙された森のいくつかは所在地が比定されていますが、池田亀鑑先生の岩波文庫版の脚注では「所在未詳」とされ、中学生だった私はその響きにいたく魅了されて、夏休みの宿題の読書感想文に207段を選びました(かなり変なコドモでした)。
私が歌枕というものに興味を持ち始めたのはその頃だったと思います。高校生の頃、朝日新聞の毎週木曜日に百目鬼恭三郎さんの「名所再見」という歌枕に関する連載があり、そのスクラップは現在でも時々取り出して見ています。連載の第1回目は、
「それ(=歌枕や平安時代の歌人)が今日このように忘れられているということは、やはり正常な状態とはいえないだろう。こうした文学のひずみを正そうというのは、リアリズム文学がゆきづまった今日、もっとも緊急な課題であるはずだ」
と結ばれています。
「枕草子」には112段にもう一つ「森は」という短い章段があります。そこに出てくる「浮田の森」が、奈良県五條市に現存していることを最近になって知り、昨年12月に泊りがけで行きました。
「石田社」もぜひ訪ねてみようと思います。
Posted by 小竹哲 at 2022年06月13日 07:47
小竹さん、コメントありがとうございます。『枕草子』のこと、まったく知りませんでした。確かに列挙される森の一つとして挙げられていますね。
「歌枕」と現実の土地の関わりについては、私も興味を持っています。昨年、「歌枕はなぜ生き残ったのか」という評論を、「俳句界」9月号に書きました。
Posted by 松村正直 at 2022年06月16日 08:21
「俳句界」掲載の玉論拝読しました。
全国に展開する巨大ショッピングセンターのAEONを「歌枕」とされていたのにはかなり驚きましたが、歌詠みに何らかの(共通)イメージを想起させる場所という点で、確かに歌枕ですね。もともと歌枕というものが、地名に限らず、歌語や歌の題材を意味する言葉であったとすれば、歌枕の先祖返り≠ンたいなものかも、とも思いました。
森についてもう一つだけ。30年ぐらい前に実在する歌枕である「老蘇(おいそ)の森」を訪ねたことがあります。新幹線で上京する際にロッテの滋賀工場を過ぎてすぐ右手に見える奥石(おいし)神社の森がそれです。ほととぎすの名所として知られた歌枕だったそうです。
Posted by 小竹 哲 at 2022年06月23日 09:51
小竹さん、「俳句界」の拙論お読みいただき、ありがとうございます。「老蘇の森」が時を超えて残っているというのも嬉しい話ですね。「歌枕」にはまだまだ不思議な魅力がたくさんありそうです。
ちょうど「日本のデジタル文学地図」という進行中のプロジェクトの話を先日知りました。地図上に歌枕をマッピングして、主要な用例などを調べられるようになっています。
https://literarymaps.nijl.ac.jp/#!/
ここに、現在の姿や写真なども載せるようにすると面白いかもしれません。
Posted by 松村正直 at 2022年06月25日 10:05
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私が歌枕というものに興味を持ち始めたのはその頃だったと思います。高校生の頃、朝日新聞の毎週木曜日に百目鬼恭三郎さんの「名所再見」という歌枕に関する連載があり、そのスクラップは現在でも時々取り出して見ています。連載の第1回目は、
「それ(=歌枕や平安時代の歌人)が今日このように忘れられているということは、やはり正常な状態とはいえないだろう。こうした文学のひずみを正そうというのは、リアリズム文学がゆきづまった今日、もっとも緊急な課題であるはずだ」
と結ばれています。
「枕草子」には112段にもう一つ「森は」という短い章段があります。そこに出てくる「浮田の森」が、奈良県五條市に現存していることを最近になって知り、昨年12月に泊りがけで行きました。
「石田社」もぜひ訪ねてみようと思います。
「歌枕」と現実の土地の関わりについては、私も興味を持っています。昨年、「歌枕はなぜ生き残ったのか」という評論を、「俳句界」9月号に書きました。
全国に展開する巨大ショッピングセンターのAEONを「歌枕」とされていたのにはかなり驚きましたが、歌詠みに何らかの(共通)イメージを想起させる場所という点で、確かに歌枕ですね。もともと歌枕というものが、地名に限らず、歌語や歌の題材を意味する言葉であったとすれば、歌枕の先祖返り≠ンたいなものかも、とも思いました。
森についてもう一つだけ。30年ぐらい前に実在する歌枕である「老蘇(おいそ)の森」を訪ねたことがあります。新幹線で上京する際にロッテの滋賀工場を過ぎてすぐ右手に見える奥石(おいし)神社の森がそれです。ほととぎすの名所として知られた歌枕だったそうです。
ちょうど「日本のデジタル文学地図」という進行中のプロジェクトの話を先日知りました。地図上に歌枕をマッピングして、主要な用例などを調べられるようになっています。
https://literarymaps.nijl.ac.jp/#!/
ここに、現在の姿や写真なども載せるようにすると面白いかもしれません。