子規の紀行文の中から「はて知らずの記」「水戸紀行」「かけはしの記」「旅の旅の旅」「鎌倉一見の記」「従軍紀事」「散策集」「亀戸まで」の八篇を収め、詳細な脚注を施したもの。
子規と言うとどうしても病床に寝ているイメージが強いのだが、この本に出てくる子規は明るくて元気。文章も生き生きしていて、実に楽しい。
例えば、松島を舟でめぐる場面の描写。
舟より見る島々縦に重なり横に続き、遠近弁(わきま)へ難く、其(その)数も亦(また)知り難し。我位置の移るを、覚えず海の景色の動くかと疑はる。一つと見し島の二つになり、三つに分れ、竪(たて)長しと思ひしも忽ちに幅狭く細く尖りたりと眺めむる山の、次第に円く平たく成り行くあり。
臨場感に溢れていて、子規のワクワク感がそのまま伝わってくる。
続いてもう一つ。三島から修善寺に乗合馬車で出掛けて徒歩で戻ってくる場面。
こゝより足をかへして、けさ馬車にて駆けり来りし道を辿るに、おぼろげにそれかと見し山々川々もつくづくと杖のさきにながめられて、素読(そどく)のあとに講義を聞くが如し。
一度馬車から眺めた風景を、今度は自分の足でたどっていく。その様子を「素読のあとに講義を聞くが如し」と書いた比喩が見事だ。
俳句も少し引いておこう。
涼しさや羽(はね)生えさうな腋の下
正宗の眼(まなこ)もあらん土用干
山の温泉(ゆ)や裸の上の天の河
唐きびのからでたく湯や山の宿
底見えて魚見えて秋の水深し
脚注にしばしば明治期の『日本名勝地誌』が引かれているのも良い。子規の旅した場所が、当時の人々にどのように認識されていたのかがわかって参考になる。今の記述ではダメなのだ。
2019年12月13日、岩波文庫、740円。