副題は「日本人はこうして戦場へ行った」。
2004年に光文社新書から刊行された本を改題して文庫化したもの。
明治・大正・昭和初期に刊行された「兵営事情案内・軍隊教科書」「手紙例文集」「式辞・挨拶模範」などのマニュアル本を丹念に読み解いている。そこから見えてくるのは、軍隊や戦争に関する人々の意識のあり方である。
これらの軍隊「マニュアル」は現代のものと同様、安価で誰でも買える、一冊だけを見ればありきたりとしか言いようのない本である。おそらくそのためか、これまでの歴史学研究の中で積極的にとりあげられることもなかった。
そうした本を数多く収集・分析して歴史学の研究に役立てた目の付け所が、非常に冴えていると思う。そこには、単なる建前でも本音でもない人々の心情が滲んでいたのだ。
一般の兵士でも現役服役中は結婚できない。だから家事上妻帯を要する場合には、なるべく入営前に正式な婚姻をしておかねばならない。なぜなら万一戦死した場合、国家から支給される扶助料の受給資格が内縁の妻にはないからである。
陸軍の兵士観は、『歩兵操典』の文言を見ただけでは決して知りえない。「捕虜になるくらいなら死ね」などとは、そのどこにも書いていないからである。
各「マニュアル」は戦争、徴兵制軍隊の存在を人々に納得させて受け入れさせる説得¢葡uの役割を果たしていたのである。
公的な文書や書物からだけでは見えてこない軍隊の実際の姿が、マニュアルという通俗的な本を通じて浮かび上がってくる。非常に視点の鮮やかな一冊だ。
2021年4月30日、朝日文庫、740円。