副題は「松浦武四郎とアイヌ民族」。
1988年に岩波書店より刊行され、1993年に岩波の同時代ライブラリー版が出た本の文庫化。
幕末から明治にかけての探検家(地理学者・民俗学者・文筆家・画家)として、計6回にわたる蝦夷地の調査を行い、北海道・樺太に関する数多くの記録を残した松浦武四郎。
彼の『初航蝦夷日誌』『竹四郎廻浦日誌』『再航蝦夷日誌』『丁巳日誌』『戊午日誌』『近世蝦夷人物誌』などを読み解き、その足跡をたどるとともに、北海道の地理やアイヌ民族の歴史についての考察を深めている。
武四郎の記録は、各戸の戸主名から始まり、家族の名、年齢、続柄が列記される。ほとんど各戸毎に、誰々は「雇に下げられたり」とか「雇いに取られ」とか「浜へ下げられ」とある。
松浦武四郎自身が、せめても一人一人の名と年齢を記録にのこし、その苦しみや悲しみを後世に伝えようという思いであったろうことを、その厖大な日誌を読みつづけてきて、私はほとんど確信する。
武四郎は各地で松前藩の役人や商人によるアイヌ民族に対する横暴や抑圧を目の当たりにする。集落の働き手は漁場や遠隔地に駆り出され、若い女性は妾にされ、老人や子どもだけが残される。そのため病気になる者や結婚できない男女が増え、人口が大幅に減り続けているのであった。
この本は過去のそうした歴史を単に記しているだけではない。アイヌ民族の置かれた状況を記録して幕府や明治政府に伝えた武四郎の姿勢から、社会問題への取り組み方や歴史の見方を学んでいる。さらにそれを自らの実践へつなげていこうとするところに、一番の特色があるように思った。
2008年2月15日第1刷、2019年1月25日第2刷。
岩波現代文庫、1320円。