2022年03月15日

田村穂隆歌集『湖(うみ)とファルセット』(その1)

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第8回現代短歌社賞次席の作者の第1歌集。
2014年頃から2021年までの作品410首を収めている。

そうか、僕は怒りたかったのだ、ずっと。樹を切り倒すように話した
わたしにもキウイにも毛が生えていて刃を受けいれるしかない身体
水滴と水滴を繋げるような悲しみかたを窓に教わる
わたしから父が産まれるのが怖いわたしは怒鳴ることができない
言い淀む喉のあたりが膨らんできっとここから咲くのはダリア
履歴書に証明写真を貼るために少しだけ切り落とす両肩
みんながみんな死にたいわけじゃないんだと言われた今日の湯船の深さ
感情の調査をすれば出土する銅剣三百五十八本
きっともう枯れ葉になっているだろう前の仕事で交わした名刺
この人にも性欲がある ミツバチの重さにゆれる白い花びら

1首目、長い間自分の中に抱え続けていた感情の正体に突然気づく。
2首目、粗い毛と皮の内側に瑞々しい果肉があることの痛ましさ。
3首目、子どもの頃によくやる遊び。水滴の繋がる感じが生々しい。
4首目、自分の中にも男性性や暴力性が潜んでいることへの怖れ。
5首目、言えなかった言葉の種が鮮やかな花となって咲くイメージ。
6首目、写真の話なのだが、実際に両肩を切ったような痛みがある。
7首目、誰もが希死念慮を持っていると思っていたのに違ったのだ。
8首目、島根県の荒神谷遺跡。感情から銅剣への展開に驚かされる。
9首目、仕事を辞めてしまえば名刺は何の意味もない紙切れになる。
10首目、性欲が二人の関係に微妙な影を落とす。三句以下がいい。

身体に対する違和感や父との関係性が大きなテーマになっている。個性的な比喩やイメージと多彩な文体によって、内面にある感情や感覚を鮮やかに伝えている。読み応えのある一冊だ。

2022年3月1日、現代短歌社、2000円。

posted by 松村正直 at 09:47| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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