副題は「タルマーリー発、新しい働き方と暮らし」。
2013年に講談社から刊行された単行本の文庫化。
著者の渡邉格(いたる)さんと麻里子(まりこ)さん夫妻が営む「タルマーリ―」(千葉県いすみ市→岡山県真庭市→鳥取県智頭町)は、天然酵母と自家製粉した国産小麦によるパン作りを行っている。
本書には、店を立ち上げるまでの経緯やパン作りについての話だけでなく、現代の資本主義に対する違和感や新たな経済のあり方をめぐる考察も記されている。そこが多くの人の共感を呼んでいる点だろう。
グローバル経済といえば聞こえがいいが、国境を超えてカネ儲けのためにカネをつぎこむ投機マネーが、市井の人びとの仕事を、人生を、狂わせていく。そのおかしさは、僕が「食」の世界で見ている矛盾と、分かちがたくつながっているように感じた。
「腐らない」食べものが、「食」の値段を下げ、「職」をも安くする。さらに、「安い食」は「食」の安全の犠牲のうえに、「使用価値」を偽装して、「食」のつくり手から技術や尊厳をも奪っていく。
パン作りに欠かせない発酵や菌に関する話も面白い。
今も、問題に直面したときは、ただひたすら「菌」の声に耳を傾ける。この場所に棲む「菌」の声をただじっと聴く。「菌」たちはとても小さく、声も小さければ、口数も少ない。「菌」たちが微かに発するわずかな声は、感覚を研ぎ済まさなければ聴こえてこない。
毎日、「天然菌」とかかわりながら働いていると、なんとも不思議な感覚になってくる。自然の大きさや奥の深さに圧倒され、とても人間の力なんて及ばないと痛感させられる一方で、自然とつながって生きている喜びのような安心感のような気持ちが、胸に湧き上がってくるのだ。
日々の食べ物であるパンを通じて、経済や社会のあり方、さらには私たちの生き方まで考えさせられる一冊になっている。
2017年3月16日第1刷、2021年8月20日第7刷発行。
講談社+α文庫、790円。