第3歌集。短歌339首と詩1篇。
ボカロP tamaGOの歌詞との合作や「ソルト・マーチ」「東京オリンピック」の映像を元にした連作、詞書を多用した「平成じぶん歌」、祖父の俳人奥田雀草の足跡をたどる連作など、様々な試みを行っている。
黄昏に遅れてくらみゆく沼の
口をひらいて人の名をよぶ
花よりも葉の斑つやめく石蕗の
暗きいのちを抱かんとする
首のないにわとり転びつつ走る
愛はつめたいものではないのか
まっすぐに立ちたる水に
一輪の薔薇が挿されて秋の日となる
ダリの絵の時計のごとく滴りて
猫の眠れる石段のぼる
形なき猫を抱けば
あたたかい袋のなかに骨が動いた
ガスタンクを巻きてひとすじ
階段のほそき影あり月の光に
ゴンドラの影のにわかに迫りきて折れ曲がりつつ尾根を越えたり
警官も怖かったろう
にんげんを殴り続けて終わりなければ
小手鞠は夜目にも見えて山吹は見えずなりたり野につづく庭
1首目、暗くなってゆく水面へと飲み込まれてしまいそうになる。
2首目、石蕗の黄色くて明るい花ではなく、葉の方に着目している。
3首目、鶏を屠殺する場面。上句と下句の取り合わせに迫力がある。
4首目、花瓶と言わず「まっすぐに立ちたる水」と言ったのがいい。
5首目、上句の比喩が抜群。「滴りて」と液体のように詠んでいる。
6首目、猫を抱いた感触がありありと甦る。骨の手触りが生々しい。
7首目「巻きて」がいい。球体に緩やかな螺旋を描いて天辺に続く。
8首目、箱根のロープウェイ。地表に映る影の描写に臨場感がある。
9首目、ガンジーらのデモを鎮圧する警官側の心情を想像している。
10首目、小手鞠の白さは、夜でもほのかに浮かび上がって見える。
二行の分かち書きになっている歌が多いのだが、単に一首を二行に分けたのではなく、一行目と二行目が連句のような関係になっていると感じた。その関係は、ボカロP tamaGOの歌詞を取り込んだ合作にも生かされている。
2021年12月10日、砂子屋書房、3000円。