「未来」所属の作者の第1歌集。251首。
章の間(ま)に挟んだままのレシートの数日前の生活を読む
屋久島の森に置かれたマイクから配信される雨音を聞く
シンクへと注ぐ流れのみなもとの傾きながら重なるうつわ
転職と転居を終えたひと月にウンベラータの鉢を買い足す
くるぶしの近くに白い花が咲く靴紐を結い直す時間に
透きとおる小さな筒に挿されおりテーブル二つ分の伝票
この年の風鈴市は無いらしい整体師から聞く町のこと
柚子の実を底に放せばゆずの実のやがてあらわる膝の間に
太き根は路(みち)のおもてを持ち上げてわが足元に山脈となる
半地下のガレージがある歯科医院 夾竹桃が反り立っている
1首目、栞代わりに挟んだレシートを見てその日の行動を思い出す。
2首目、自宅に居ながらはるか遠くの屋久島の森にいる気分になる。
3首目、片付けられずに積み上がった食器類を伝って流れていく水。
4首目、生活の大きな変化に合わせて部屋の気分も少し変えてみる。
5首目、靴紐を結び直そうとしゃがんだので花に気づいたのだろう。
6首目、確かに「透きとおる小さな筒」だ。会計は一緒のグループ。
7首目、「風鈴市」が現実とは別の世界のような味わいをもたらす。
8首目、柚子湯だと言わないでわかるのがいい。つい遊んでしまう。
9首目、アスファルトに亀裂が入り盛り上がる。「山脈」が印象的。
10首目、どれも関係ないようでいて、地下や根の感じが響き合う。
全体に省略がよく効いていて、少ない言葉で場面を浮かび上がらせている。情報量が適度か、あるいはやや足りないくらいの感じで歌が出来上がっているところに特徴がある。
2022年1月18日、書肆侃侃房、2000円。