2022年01月25日

小林信彦『おかしな男 渥美清』


映画「男はつらいよ」シリーズで有名な渥美清との個人的な付き合いや思い出を記した一冊。

1961年夏の出会いから始まって1996年に渥美が亡くなるまでが描かれているが、特に1969年の映画「男はつらいよ」に至るまでの若き日の姿が印象的だ。

渥美清には当時から他人を寄せつけない雰囲気があった。言いかえれば、〈近寄りがたい男〉である。
渥美清は自分の仕事、とくに現在進行形のものについては口が堅かった。他人を信じていなかったからである。
「狂気のない奴は駄目だ」
渥美清は言いきった。
「それと孤立だな。孤立してるのはつらいから、つい徒党や政治に走る。孤立してるのが大事なんだよ」

お互いに独身でアパートの部屋に呼ばれる間柄であっても、渥美はけっして心を開くことはない。田所康雄―渥美清―車寅次郎は、同じ人物でありつつそれぞれ違うレベルの人間なのである。

「男はつらいよ」に関しても、いくつか大事な指摘がある。舞台となった柴又は東京の下町と言うよりも〈はるかに遠い世界〉であったことや、シリーズの最初の4作がわずか半年間のうちに封切られていることなど。どちらも、言われなければ気づかない点だと思う。

初期の寅次郎の迫力は、どこかで素の渥美清、または田所康雄がまざってしまうところにあり、決して〈ご存じの寅さん〉ではなかった。

全478ページにわたって、渥美清に対する深い愛情が滲んでいる。また、著者の記憶力の良さも特筆すべきものだと思う。

2016年7月10日第1刷、2020年3月10日第4刷発行。
ちくま文庫、950円。

posted by 松村正直 at 20:36| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。