2013年から2017年までの作品492首を収めた第15歌集。
床紅葉(ゆかもみぢ)と誰かが名づけたるゆゑに紅葉より床を見る人多し
京都岩倉実相院
雪つもらねば気づかなかつた水の幅電車の窓のゆふぐれに見き
長き手の長きがままに垂れゐたり湖北の寺の暗き灯(あか)りに
渡岸寺十一面観音
琵琶湖産と念を押されて皿に載るまこと小さき諸子(もろこ)の一尾
いつもいつも大事なことは言ひ忘れ運河を流れゆく壜の尻
顔のあたりから老けてゆくのがよくわかる焚火の熾(おき)に屈みこむとき
網目キリンは網目のなかに生まれきて網目は立てり生後一日
天井のひとところ色の変はりたり夜ごとあなたに線香を焚く
凄いわねえとあなたが褒めて褒め上手褒められ上手のわたくしがゐた
石段の一段づつに積もりたる紅葉掃かねばと思ひつつをり
1首目、名前が与えられたことで、人々の注目を集めるようになる。
2首目、一面に雪に覆われた風景の中で、川だけが黒く流れている。
3首目「長きがままに」がいい。あらためて長さが印象付けられる。
4首目、琵琶湖八珍の一つ。漁獲量が減って高級食材になっている。
5首目、上句の「情」と下句の「景」の取り合わせに味わいがある。
6首目、熾火の熱や光を顔面に受けた時に自らの老いを感じたのだ。
7首目、本物の網をかぶって生まれてきたかのように詠まれている。
8首目、何か漏れているのかと思って読むと、下句でしんみりする。
9首目「褒め上手」はよく聞くが「褒められ上手」も大事なことだ。
10首目、歌に詠むよりも本当は箒で掃いてしまえば良いのだけど。
2021年11月12日、現代短歌社、3300円。