2021年11月29日

和語と漢語

『明治天皇御集』の明治37年のところには、日露戦争に関する歌が多く載っている。

つはもののかてもまぐさも運ぶらむ牛も軍の道につかへて
はりがねのたよりのみこそまたれけれ軍のにはを思ひやるにも
品川の沖にむかひていくさぶね進む波路を思ひやるかな

それぞれ「牛」「電信」「眺望」の題で詠まれた歌である。

和歌では基本的に漢語は使わず、和語を用いて歌を詠む。1首目の「つはもの」は「兵(へい)」、「かてもまぐさも」は「糧秣」のことだ。2首目の「軍(いくさ)のには」は「戦場」、3首目の「いくさぶね」は軍艦である。

中でも、2首目の「はりがねのたより」が面白い。近代以降の産物である「電信(telegraph)」には、該当する和語がない。そのため「はりがねのたより」(=電線による通信)と苦心して和語に〈翻訳〉しているのである。

文明開化以降の科学、文化、制度、組織を和語を用いてどのように詠めば良いのか。『開化新題歌集』などにも見られる苦労の跡が、こうした歌からも感じられる。

posted by 松村正直 at 22:32| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
清水義範さんのパスティーシュ小説に、タイトルは失念したのですが、何らかの事情で英語が使えなくなってしまい、すべて日本語で言い換えなければならなくなった、というものがありました。必ずしも和語である必要はなくて、映画『ランボー』が《正義の乱暴者》、『E.T.』が《宇宙の夷狄》・・・清水さんは天才だと思いました。
Posted by 小竹 哲 at 2021年11月30日 18:48
清水義範さんの小説は好きで、一時期かなり熱心に読みました。そう言えば、映画のタイトルも近年は翻訳せず、洋語をそのままカタカナで書くことがほとんどですね。
Posted by 松村正直 at 2021年12月01日 22:00
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