2021年11月23日

竹中優子歌集『輪をつくる』


「未来」所属の作者の第1歌集。
第62回角川短歌賞受賞作を含む390首を収めている。

さっきまで一緒だった友バス停に何か食べつつ俯いている
ヘルパーが来てゴキブリのいなくなった部屋に父は暮らしぬ弁当食べて
母と離れることを帰ると言うようになって春夜の髪の手触り
新人が保険に加入するまでを四コママンガのように見かける
輪唱に加わることの静けさを春のレタスはやわらかく抱く
ほそながいかたちではじまる飲み会が正方形になるまでの夜
月曜日 職場に来られぬ上司のこと上司の上司が告げていくなり
上手く行かないことをわずかに望みつつ後任に告ぐ引継ぎ事項
駆け出せば必ず会える展開のテレビドラマをひとは眺める
ゆっくりと喋りたいから来た旅の途中にわかめうどんを食べる

1首目、一緒にいた時とは違うひとりの時の顔を垣間見てしまった。
2首目、ヘルパーが入るまではゴキブリのいる汚い部屋だったのだ。
3首目、実家に「帰る」のではなく自分の家に「帰る」ようになる。
4首目、職場に来る生命保険の勧誘。毎年繰り返される光景なのだ。
5首目、輪唱とレタスの取り合わせがいい。幾重にも重なる感じ。
6首目、夜が更けるにつれ人数が減っていき最後は一つの卓を囲む。
7首目「来られぬ」とあるので、おそらく精神的な不調なのだろう。
8首目、微妙な本音が表れた歌。自分より順調にこなされても困る。
9首目、予定調和のドラマ。実際にそうなることは稀なのだけれど。
10首目「わかめうどん」の柔らかさが上句の雰囲気と合っている。

2021年10月15日、角川文化振興財団、2200円。

posted by 松村正直 at 11:29| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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