「未来」所属の作者の第1歌集。
第62回角川短歌賞受賞作を含む390首を収めている。
さっきまで一緒だった友バス停に何か食べつつ俯いている
ヘルパーが来てゴキブリのいなくなった部屋に父は暮らしぬ弁当食べて
母と離れることを帰ると言うようになって春夜の髪の手触り
新人が保険に加入するまでを四コママンガのように見かける
輪唱に加わることの静けさを春のレタスはやわらかく抱く
ほそながいかたちではじまる飲み会が正方形になるまでの夜
月曜日 職場に来られぬ上司のこと上司の上司が告げていくなり
上手く行かないことをわずかに望みつつ後任に告ぐ引継ぎ事項
駆け出せば必ず会える展開のテレビドラマをひとは眺める
ゆっくりと喋りたいから来た旅の途中にわかめうどんを食べる
1首目、一緒にいた時とは違うひとりの時の顔を垣間見てしまった。
2首目、ヘルパーが入るまではゴキブリのいる汚い部屋だったのだ。
3首目、実家に「帰る」のではなく自分の家に「帰る」ようになる。
4首目、職場に来る生命保険の勧誘。毎年繰り返される光景なのだ。
5首目、輪唱とレタスの取り合わせがいい。幾重にも重なる感じ。
6首目、夜が更けるにつれ人数が減っていき最後は一つの卓を囲む。
7首目「来られぬ」とあるので、おそらく精神的な不調なのだろう。
8首目、微妙な本音が表れた歌。自分より順調にこなされても困る。
9首目、予定調和のドラマ。実際にそうなることは稀なのだけれど。
10首目「わかめうどん」の柔らかさが上句の雰囲気と合っている。
2021年10月15日、角川文化振興財団、2200円。