第57回角川短歌賞を受賞した作者の第1歌集。369首。
「まひる野」所属。名前の読みは「たちばな・はるき」。
夕焼けを返して光る教室の机の水面にだまってふれる
まひるまの海を見に行く。聴きに行く。ひとりでも夏は産めるのだから
友人はノートに頰をかぎりなく寄せながらその影に詩を書く
あたためたオリーブ・オイルが遥かより垂らさるる窓際の午睡に
家族から遺族となりてわたしたち小舟で暮らしています、四人で
祈りとは日々の行為のなかにある 床を磨けりこれは祈りだ
疚しさから裂けて溢れるやさしさの、くらぐらと瞼も思考の裂け目
つばめ進入防止ネットをくぐり抜けあなたの声が教会(チャペル)に響く
通話画面に写真を登録しないから鈍色の人が君になりゆく
飲食(おんじき)を繰り返し、死に歩みよる。時に下着を湯に洗いつつ
1首目、誰もいない放課後の教室。水面のように光る机の美しさ。
2首目、句点を打った文体が力強い。自分に言い聞かせているのだ。
3首目、書くことに夢中になっている感じ。「頰」が効いている。
4首目、眠気の訪れと暖かな光の様子が伝わる。溶けていきそうだ。
5首目、家族の誰かが亡くなると、残りの家族は「遺族」になる。
6首目、神社や教会だけが祈りの場所ではない。四句の具体がいい。
7首目「疚しさ」が高じて「やさしさ」になったのか。音が似通う。
8首目、上句が面白い。教会などの広い空間では対策が必要になる。
9首目、人型の輪郭の表示が君であることの不思議。性格も伝わる。
10首目、人の一生は突き詰めればこういうことなのかもしれない。
2021年9月30日、角川文化振興財団、2000円。