
2012年から2019年に書いた短歌関連の文章を収めた評論集。全体が「T彷徨」「U邂逅」「V呼応」の三部構成となっていて、Tは評論、Uは書評や作品評、Vは時評といった区分になっている。
「塔」に載った評論や時評をはじめ7割くらいは読んだことのある文章であったが、こうして一冊にまとまると著者の問題意識や主張がくっきりと見えてくる。初読の時には理解が届かなかった点も含め、内容の深まりと読み応えを強く感じた。
作者は作品を書き記した途端、第一読者として、作品にとっての〈他者〉として存在するようになるものである。その言葉がどんな魂の奥深くからの叫びであったとしても、言葉になった途端、名指されたそれは既に〈私〉ではない。要するに、あらゆる言語表現は、〈私〉を言語によって〈他者〉化することによって成立しているのである。
作者と読者の問題や短歌の私性をめぐる考察は、本書の中に繰り返し登場する。また、社会や歌壇の抱える構造的な問題やマジョリティによるマイノリティへの抑圧、無意識の暴力性といった点に関しても、著者の追及は鋭い。
全般に固い評論が多い一方で、「坂田博義ノート」や「遅れてきた青春」のような、ややエッセイ風な文章も載っている。そうした文章の持つのびやかさも本書の大きな魅力と言っていい。著者の素顔が見える文章が含まれることで、評論集としての厚みが増しているのだ。
著者のBOOTHにて販売中です。皆さん、ぜひお読みください。
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2021年5月16日、私家版、2000円。