2021年11月14日

坂井修一『森鷗外の百首』


小池光『石川啄木の百首』、大島史洋『斎藤茂吉の百首』、高野公彦『北原白秋の百首』に続くシリーズ4冊目。

次は晶子か牧水が来るのかと思っていたら鷗外だったので、ちょっと意外な感じを受けた。けれども、読んでみると鷗外の歌の魅力が存分に伝わってきて、確かにこれは外せないなと納得した。

わが足はかくこそ立てれ重力(ぢうりよく)のあらむかぎりを私(わたくし)しつつ
日の反射店の陶物(すゑもの)、看板の金字、車のめぐる輻(や)にあり
火の消えし灰の窪みにすべり落ちて一寸法師目を睜りをり

「重力」という漢語の持つ力強さ、人力車の車輪の「輻」(スポーク)に反射する光の描写、火鉢の灰に落ちた一寸法師という奇想、どれも不思議な味わいがある。

これまで「文人短歌」といった枠組みで余技のように扱われることも多かった鷗外の歌であるが、著者はそこに現代短歌が失ってしまったものを見出している。

大正以降、専門歌人の間では職人的な美意識が強くなりすぎたかもしれない。
鷗外の歌の構図や構想の大きさは、歌壇には継がれなかったようである。

こうした評に、著者の短歌観がよく表れている。

「森鷗外の百首」というタイトルであるが、取り上げられているのは短歌だけでなく、翻訳詩や創作詩も含まれている。「短歌だけ選んで解説したのでは、この巨人の抒情詩人としての魅力を伝えきれない」(解説)という意図によるものだ。

詩歌全般にわたる作品が選ばれたことで、鷗外の文学者・知識人としての広がりが感じられるようになったと思う。伝統と近代、西洋と日本、医学と文学など、さまざまな要素を抱えた鷗外の全貌が垣間見える一冊である。

2021年8月8日、ふらんす堂、1700円。

posted by 松村正直 at 10:02| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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