2013年に短歌研究新人賞を受賞した作者の第1歌集。
T章に2019年〜2021年の作品連載30首×8回分、U章にそれ以外の歌、合計336首を収めている。二人の子を育てる日々の生活が鮮やかに見えてくる一冊だ。
生活に1を足しても生活で ベビーフードの小瓶をすすぐ
はやぶさは凛々しく走る リビングの風の吹かない線路のうへを
使ひすてのわたしがほしい 封切ればあたらしい笑顔で立ちあがる
芋ほりに子が持ち帰る大ぶりで泥だらけの芋 こまりますよね
子の頰へ口づけるときぼんやりとよだれの跡を避けてゐること
腕づくでちひさな腕を引きよせる石けん水のボトルの下へ
「プチトマトのへた取らないでほしかつた」泣くほどに恨まれて母とは
ベビーカー押して入れば葬場のとびらは思ふよりも大きい
長すぎる一生をふと持てあまし星はしばらく光りてゐたる
雌の方が大きく育つ生き物に生まれたかつた みづに吐く息
1首目、無限ループに入っているみたいな子育て中の疲労感が滲む。
2首目、鳥ではなく本物の新幹線でもなく子が遊ぶおもちゃの車両。
3首目、心身ともに疲れが蓄積する自分をリセットできたらと思う。
4首目「こまりますよね」が読者に語り掛けているみたいで面白い。
5首目、母親だからって子のすべてを受け入れられるわけではない。
6首目、子に手を洗わせる場面。「腕づく」の暴力性に痛みがある。
7首目、親からすると訳のわからないことで子はごねることがある。
8首目、赤子も死者も自分で歩いて出入りができないゆえの広さだ。
9首目、何億年もの寿命を持つ星と人間とでは時間の流れ方が違う。
10首目、男女の格差の原因として体の大きさの問題があるのかも。
2021年9月16日、短歌研究社、2000円。