大正から昭和初期にかけて北海道で活躍した口語短歌の歌人、伊東音次郎の150首と並木凡平の130首を収めた本。小樽文学館で購入。
1961年に「ぷやら新書」から刊行されたシリーズの一冊で、1981年に沖積舎より新装復刻版が出ている。
このシリーズは、北海道の文化、民俗、文学、自然などに関する文献を集めたもので、知里真志保『えぞおばけ列伝』、原田康子『サビタの記憶』、高倉新一郎『北海道と円空』など全50冊。
【伊東音次郎集】
並木みち、ポプラの影の縞の道梯子をのぼるやうに歩いた。
炉の底の炭火は沈む、夜は更ける、げんのしようこをこつとりと煮る。
尿をさせる児もじつと見入る深ぶかと尿を吸ふ土。秋じめる土。
妻子らが続けば進む向く前を前として行く追はれるやうに。
肌をとほして胃の腑の傷をなほすといふお湯につかつて眼をとぢてゐる。(登別温泉)
一枚の硝子のやうに凍る原を今朝の列車が断ち切つてくる。
1首目「梯子をのぼるやうに」という比喩がいい。楽しそうな感じ。
2首目、下痢や便秘に効く整腸剤として古くから使われてきた薬草。
3首目、子におしっこをさせている間は、じっと見ているしかない。
4首目、とにかく一家の長として自分が先頭に立って進むしかない。
5首目、目に見える外傷だけでなく弱った内臓にも効果を発揮する。
6首目「硝子」「断ち切つて」が北海道の厳しい寒さを感じさせる。
【並木凡平集】
むつちりとパン売り露人が秋の陽に大きな靴を光らせて行く
赤毛布つけたヤン衆が漁場の雪はこぶ三月ゴメも啼いてる
宿直の夜の気安さ重役の椅子にどつかり腰かけてみる
廃船のマストにけふも浜がらす啼いて日暮れる張碓の浜
雪の朝真赤な毛糸のシャツを着る妻にほんのり残る若さか
貰ひ湯の曇り硝子に日まはりのかすかにゆれてうつる月明
1首目、北海道に住む白系ロシア人。「大きな靴」に焦点を当てる。
2首目「ヤン衆」はニシン漁などの季節労働者。「ゴメ」はカモメ。
3首目、勤め先の新聞社の光景か。誰でも一度はやってみたくなる。
4首目、石狩湾沿いのうら寂れた浜の風景。「は」の音が響き合う。
5首目、雪の冷たさとシャツの赤さで、肌が若い感じに見えたのだ。
6首目、窓硝子に映る向日葵のほのかな黄色と月光の色が心地よい。
1981年10月1日、沖積舎、5万円(全50巻)