どこにでもあるような水飲み場であるが、「我武維揚」と篆書体で刻まれているのが目に付く。調べてみると、書経が出典の言葉で、かつて軍人勅諭に使われ「わがぶこれあがりて」と訓読したらしい。
なぜ、そんな言葉が水飲み場に刻まれているのか?
それは、この台座はもとは水飲み場ではなく、戦利品の砲弾を載せていたものだったからだ。
台座の背面には
戦利砲弾奉納
陸軍々医監 森林太郎
陸軍少将 中村愛三
明治三十九年九月十日建之
と刻まれている。
日露戦争の勝利を記念して、戦利品の砲弾を奉納したのである。
森林太郎は、森鷗外の本名。森鷗外記念館で上映されている映像には、砲弾の前に整列して撮られた記念写真も登場する。