2021年10月06日

高島裕歌集『盂蘭盆世界』

2011年から2019年までの作品901首を収めた第6歌集。第一篇「ひばり、たかんど」と第二篇「盂蘭盆世界」の二部構成となっている。

ふるさと富山の自然や風土、妻子や老母の歌が中核となる一方、他国に併合された日本の姿を描く「最後の歌人」、歌人になっていなかった自分を想像する「平行われ」、異民族への侵略譚として「桃太郎」を捉え直す「桃太郎の鬼退治」など、かつての「首都赤変」を思わせるような意欲的な連作も多い。

病巣も巣にほかならず、犇いて女蜂男蜂の刺し合へる見ゆ
はればれと串田の丘にふたり立つ、射水砺波を左右(さう)に瞰(みおろ)し
うつすらと雪を被りし山並みは未知なる山のごとく鮮(あたら)し
元日に大晦日の日記書いてゐる、ひとり明るい地下室に居て
夕餉(がれひ)、デザートまでの二時間を円(まど)かな月に目守(まも)られてゐつ
(とうきやう)と声を殺して呟きぬ。東海省省都トンキン暮れて
独立派兵士の額(ぬか)に捺されたる「倭」の文字の上に止まる黒蠅
昭和六十二年製造の天ぷら粉、母の冷蔵庫の隅にひそみゐき
New York とプリントされしジャンパー着てひとり柚子採る鄙の老人(おいひと)
対岸の山を流るる霧として東京といふ古き夢あり
汚れなさい、汚れなさい、と呼びやまぬ朝のひよどり夕(よひ)のむくどり
一滴の乳を生(な)さざる男(をのこ)の身寂しきままに梅も過ぎたり
哺乳瓶の剛(つよ)さを深く信じつつ熱湯注ぎ氷に浸ける
机から手を離したる数秒の子の独立をわれら称(たた)へつ
里の古老の祖父の代(よ)いまだ倶利伽羅の谷に兜の落ちゐしといふ

1首目、病巣という言葉から、蜂の巣の生々しい姿を思い浮かべる。
2首目、景の大きなのびやかな歌。現代短歌ではあまり見かけない。
3首目、いつも見慣れている山並みが、全く違った姿に見えてくる。
4首目、前年の日記を書くズレの感じが地下室の明るさと響き合う。
5首目、結婚式の後にふたりで過ごす宿。満月に祝福されている。
6首目、「最後の歌人」の一首。「東京」がトンキンになった世界。
7首目、日本独立を目論んで処刑された兵士。映像的で鮮明な描写。
8首目、母が施設に移った後の整理。賞味期限はとうに過ぎている。
9首目、昔ながらの暮らしにも、グローバル経済の波は押し寄せる。
10首目、かつて東京に住んでいた頃の自分を思い出すのだろう。
11首目、誰も汚れずに生きることはできない。下句の対句がいい。
12首目、子が生まれて父となった作者。女性との違いを痛感する。
13首目、粉ミルクを熱湯で溶かし適温に冷やす。慌ただしい時間。
14首目、子が初めて立った瞬間。「独立」という語の原義だろう。
15首目、1183年の源平の合戦が、身近なものとして語られている。

2021年8月15日、TOY、3000円。

posted by 松村正直 at 08:32| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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